「ルーティン」はあった方がいいのか
1.「ルーティン」には気が乗らない
「ルーティン」があるとパフォーマンスが上がると聞きます。
英語で「お決まりの動作」の意味の言葉です。超一流のアスリートや有名芸能人などはそういった「ルーティン」を何かしら取り入れていて、
その結果、心と身体が安定して素晴らしいパフォーマンスを発揮しているのだといいます。
私には「ルーティン」と呼べるようなものはないし、そうした素晴らしい偉業と呼べるような過去も別にありません。
だけれど、不思議と「よし自分もルーティンを作ろう」という気持ちにはなっていかないんですよね。
確かに心と身体を安定させること自体は大事だと思います。
どんな嵐がこようとも、不測の事態に襲われようとも、
自分の生き方を貫くことができる、そうした強い生き方には確かに憧れます。
しかしながら、私に合わないと感じることを一生懸命しようと思う気にはどうしてもなれないのです。
2.「ルーティン」を外してパフォーマンスを上げる
例えば先日私のもとにはやらなければならない仕事が連続的に舞い込んで、
かなり体力を消耗して疲れるような日が連続で2日くらい続くということがありました。
その結果、私は3日目の朝、幸いにもその日は何も予定の入っていない日だったので、
そこでは思う存分寝坊して英気を養うことにしました、言わば「ルーティン」からは外れた予定外の行動です。
その結果、疲れはかなりとれて、起きた後の生活の流れが随分スムーズになったと感じることがありました。
つまり私は自分の体調を敏感に感じ取りながら、頑張るべきと判断する時に頑張り、休むべきと判断する時に休むという形で自由に段取りできる生き方をよしとしているのです。
おそらくその人に合った「型」のようなものが存在するのだと思うのです。
他人の「型」がそのまま自分の「型」になるとは限らない、でも一方で他人の「型」が自分の「型」を練り上げていく時に参考にはなっていく、
「ルーティン」を持つ生き方というのも、ある人にとっては非常にパフォーマンスを高める効果をもたらすけれど、そうでない人もいるのではないでしょうか。
様々なものを見つめながら、参考にしながら、自分の「型」は徐々に出来上がっていくものなのかもしれません。
3.人生において大きな支えとなるもの
「ルーティン」を通じて思うのは、自分が何をしている時に心が安定するのかということです。
例えば私は自然に触れ合っている時に心が安らぐという傾向があります。
しかしそのことは最近始めた農業に出会うまではなかなか気づかないことでした。
その傾向が誰にでも当てはまるというわけではないでしょう。しかしながら、様々なものに触れてみないことには自分に何が合うのかはわかりません。
自分に合うものが自分が慣れているものの外にあることもあるのだと思います。
「ルーティン」とはおそらくその自分に合うものを見つけられた、その象徴的な存在なのではないかとも思うのです。
自分にとっての「ルーティン」は、自分が「心安らぐ活動」であり、
それが明確になった人はおそらく長い人生を生きていく上で大きな支えを得た感覚を得ることができ、
その恩恵のおかげで、人生のパフォーマンスを高めていることができているのかもしれません。
様々な可能性に挑戦して、人生の安らぎを安定的に得られるようになりたいものですね。
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