「恋愛体質」第1話
恋愛体質:entrance
『 街コン 』
1.prologue
「街コン!? っとぉ」
ベッドから起き上がった拍子にスマートフォンを落としそうになり、慌てて右手を添え、
「ムリムリムリムリ……」
電話越しで相手に姿が見えていないにもかかわらず、あまりに突飛な言葉にその手を顔の前で激しく振る。
『いうと思ったぁ。だからさ、とりあえずあたしたちふたりで行ってみることにしたのよ』
くすくす、と笑い声が混じる。
「ふたり? 雅水と?」
受話器の向こうのふたりにはすでに決定事項のようだ。
『そうそう。出会いのない仕事してるあたしたちはねー、自分でチャンスを切り開いていかないと』
『ね~』
声をそろえて相槌を打つ電話口の小柴砂羽は看護師で、一緒にいる古河雅水は小学校教諭だ。
「あたし、たち……?」
それは自分も含まれるのか、と止めても聞かないであろうふたりに届かないため息をつき、
「うそでしょ」
スマートフォンの画面に漏らす。
「そういうのって危険はないの?」
訝し気に畳みかける桃子自身、雑貨店勤務の為もちろん男性との出会いは少ない。ただ、そんなものだと受け止めている。
『大丈夫よ~その辺は任せて! ちゃんとしたところチョイスしたから』
「チョイス? もう申し込んだってこと?」
『あたしたち仕事早いから~』
「ちょっと、雅水!」
いつの間にか雅水が受話器を奪ったようだ。
『大丈夫だって。ちゃんとしたイベント会社の企画だし。まぁ高学歴コンパは気が引けちゃうし、結婚目的のやつは気に入られるとあとあと面倒そうだから、お友だち探しってところでね』
あとあと面倒、とはずいぶんとうぬぼれた言葉だ。
「そういうことじゃなくて」
勝手の解らない出会い系サイトの仕組みに、そんな姿勢がいちばん危ういのではないかと疑うも、電話の向こうのふたりはそんなことを気にする様子もない。
『もう。トーコは心配性なんだから。つまらなかったらすぐ退散するし』
「退散って」
『しっかり者のまさみちゃんがついてるんだから。あ、週末空けといてよね、結果はその時に~』
『じゃ~ね~』
「え、ちょっ雅水? 砂羽!」
プッ……
「切れた」
一抹の不安を覚えながらも、新しいことや時代に沿った公共空間に躊躇なく飛び込めるふたりを、羨ましいとも思う桃子だった。
2.encounter
会場は、駅から少し離れた商業ビル2階にある洋風居酒屋を貸し切っての開催だった。
「どのくらいくるのかな?」
「貸し切りにするくらいだから、結構いるかもね」
雅水と砂羽は、駅のトイレでお互いのファッション&メイクをチェックしたのち、颯爽と会場に乗り込んだ。
入り口で出欠の確認のあと、名札がわりに番号の書かれた掌大のシールを胸に張るよう手渡される。男性は1~5番、女性は6番からということで、砂羽と雅水のシールは『9』。
「どうやら最後だったみたいね」
受付のチェック表に目を落とし、賑やかな店内に目を凝らす。
簡単なプロフィールを記載するための用紙とペンを受け取り店内に入ると、女子は飲み物を注文してから各々好きなテーブルで待機、というシステムらしい。
「あたしハイボール」
「ちょ、砂羽。そんなかわいくない飲み物」
「え、なんでよ?」
「周りを見なさい」
言われて先にテーブルについている女子や、席を決めかね店内を歩くキレイどころを眺めてみれば、なるほど、みなカラフルなかわいらしいドリンクを手にしている。
「だから、なに?」
「ここから戦いは始まってるってこと」
そう雅水は小声でいい、
「……カシスオレンジください」
と、慣れた口調でかわいい飲み物を注文した。
「いいよ、別に。だってお友だちなんでしょ。ここでかっこつけたって」
「ハイハイ。ハイボールね。ジョッキ持って歩いていく度胸があるなら構わないわよ。注目はされるかもねー」
「わーかったわよ。はぁ。じゃぁジンライムで」
あまり変わりないと思いながらも「そんなのくそくらえよ」といった飾らない砂羽の姿も潔いとは思う雅水。
「開始前だっていうのに、気合入ってるわね~」
ぐるりと店内を見回せば、すでに化粧映えのしそうな照明下のテーブルは陣取られていた。
「どこだって」
同じだろうと言いかけて、雅水の視線におののく砂羽。
「ハイハイ。戦いは始まってるのね」
お遊びだといいながら、気合充分の連れの姿に「本気だったか」と今さらながらにミニスカートの意図を知る。
ふたり座席に落ち着くも、砂羽は気持ちが追いつかず、
「ただ待っていればいいの?」
「そうよ。時間で男の子が飲み物を持って移動するだけ」
「なに話すの?」
「なんでも。それも駆け引きでしょ。向こうが頑張って話題提供してくるわよ」
「話が続かなかったら?」
「砂羽。どうした? 借りてきた猫みたい。いつも通りでいいよ」
「だって初めてだから。なんか緊張するっていうかぁ。あんたは、慣れてるわ、けね」
「そんなことないけど、3回目だし。さっさとこのプロフィールカード書いちゃお。これがとっかかりよ、ほら始まる前に」
そうこうするうちあたりはぴたりと静まり返っていた。
「……本日はお集まりいただきありがとうございます。それぞれのテーブルに心ばかりの軽食を準備させていただきました。ドリンクは飲み放題ですのでご自由にお楽しみください」
基本的に女性陣は最初の席を立つことはなく、飲み物がなくなったら「男子が運ぶ」というスタイルらしい。ゆえに選ぶドリンクに気を使うということなのだ。
「それではみなさん、揃いましたので」
主催者側の挨拶の元、最初の1時間は15分刻みで男性陣がローテーションで「席を移動する」とのこと、男性側が席に着いたらプロフィールカードを交換し、終了3分前のベルを合図に「LINEの交換をする」との指示がなされた。
「15分が長いのか短いのか解らないけど」
「それは話の内容によるよね」
ふたりはプロフィールカードを目の前に、背筋を伸ばしてすまし顔。まるで証明写真のカウンターを数えるように、前髪を直したり胸元を気にしたりと余念がない。
本日の参加者はふたり組男子が5組で10名、ふたり組女子が3組と3人組が1組、おひとりさま女子1名、と人数的にはぼちぼちのボリュームだった。15分で5組のローテーションに1時間強、ひととおり会話が終わったあとは気に入ったグループを申請し再度親交を深める。または、残り時間は各々「フリータイム」として自由行動らしい。
係員の説明が終わると、徐々に会場がざわつき始めた。
「それではいよいよスタートです。皆様、よいご縁を!」
3.matching
:1組目 元ホストと会社員
:2組目 公務員とゲーム関連会社クリエイター
:3組目 高卒フリーターと就活中の現役大学生
:4組目 電気設備技師と警備会社職員
:5組目 運送ドライバーのふたり
「あ゛~ 疲れたぁ。フリータイム抜きで帰りたいわ」
机に突っ伏する砂羽。その体を無理矢理起こしながら、
「なに言ってんの、最後まで気を抜かないでよ。このあとの誘いがあるかもしれないでしょ」
小声の雅水は周囲に目を配ることも忘れない。
「え~。もうごちそうさまだよ」
そう語る砂羽の目の前にはあらゆる形のグラスが並んでいた。
「そういうことじゃない。もぉ~砂羽じゃなくて桃子とくればよかった」
「なによ、今さら」
「はい。では、一旦休憩とします。男性陣はこちらまでいらしてください」
どうやらこのあと、気になった相手と再び会話を持てるチャンスがあるらしい。
「ひとり参加ってのもありなのね」
ちらとカウンターに目を向ける砂羽に、
「滅多にいないけどねぇ。よほど自信があるのか、もしくは友だちがいないか」
「どっちにしても度胸あるね。ちょっと無理」
「推しかぶりで揉めることないけど」
「そんなことまで考えてんの?」
「それだけ必死ってことよ」
「へぇ」
「全員とLINE交換とかって意味ある? 消していい?」
砂羽は新しく加わった10名のLINEを見て面倒くさそうに目を細めた。
「バカね、連絡が来たときに困るじゃない」
「あんただけ登録しておけば……」
「あたしにこないLINEがあんたにくるかもしれないでしょー。そこは一蓮托生だからね」
「うわっ、しっかりしてる~」
「失礼します」
係のひとりがバインダー片手に女性テーブルを回り始めた。順番にこちらに近づいてくる気配があり、
「いよいよね」
そう言って居住まいを正す雅水に肩を寄せ、
「気合充分って感じ~」
女性に目を向ける砂羽。
「しっ。次よ」
「今日はお疲れ様でした。どなたか気になる方はいらっしゃいましたか?」
「え~っと」
不愛想に答えようとする砂羽の横腹を突き、雅水は「相談中です」と笑顔で答えた。
「相談中~?」
砂羽は眉をしかめて雅水を見るが、それを制するよう前のめりに、
「わたしたちを気にかけてくれる方がいらっしゃるかどうか」
雅水は殊勝に応え、女性の反応を待った。
「そうですね。2組の申請がありました」
女性の言葉に対し、砂羽が妙な声を発する前に、
「何番の方ですか?」
間髪入れずに答える雅水。
女性はバインダ―を眺め、
「3番と、5番。それから時点で4番の方々ですね」
といい「お話を希望されますか?」と付け加えた。
「あ~」
雅水はすぐさま自分のスマートフォンを眺め、3番と5番の彼らがどんな相手だったかと確認する。その間「帰ろうよ」と耳打ちする砂羽の言葉は無視し、
「他の方々はどのように?」
「一組を残して、皆様フリータイムに入られるようです」
「じゃぁ、わたしたちもフリータイムで」
「かしこまりました」
事務的なやり取りをして、女性が去ったあと、
「2番はやっぱりだめだったか~」
雅水は、彼らがどのテーブルを選んだのか確認するために少し首を持ち上げた。
「なに、2番? だれかいいひといたの? 時点てなに」
そもそも気のない砂羽には、少し前に会話した彼らの顔すら思い出せない。
「手応えあったかな~と思ったけど」
「そんなそぶりあった?」
「そういうわけじゃないけど、2番は公務員だったから……あわよくば、と」
「あ~ね」
「教師だってバレたのかなぁ隠したつもりだけど」
「え? 教師はダメなの?」
「仮に同業者だった場合、十中八九選ばれない」
「ふ~ん。まぁそうかもね。で、時点は?」
「4番? 電気屋さんと警備員」
「よく覚えてるね~。ってそうじゃなくて、」
「あぁ。申請は一組だけだから、マッチしない場合はフリータイムに自力で行く」
「あぁ。で、なんであんたはフリータイムにしたわけ?」
「だって3番は年下だったし、5番は運転手だったでしょ」
「あ~フリーターのとこか。でも運転手はなんで?」
「話の様子からして長距離っぽかったから。それだとなかなか会えないだろうし、時間が不規則かと思って」
「へぇ~。ガチだね」
「あたしは平日は無理だから。あ。もしかして、気になるひといた?」
「ぜんぜん」
「だよね、職業すら覚えてないもんね」
「でも。失礼なこと言われたことは覚えてる」
「だれ?」
「さぁ。でも、なーんかバカにされた気がするのよね」
4.contact
街コンから数日、雅水はせっせとLINEのチェックを欠かさず返信のタイミングを窺いながら駆け引きをしていた。
「あたし。どうも現役大学生に気に入られたらしくてさぁ。この子がまめにLINEをくれるのよ」
週末の居酒屋で、隣でハイボールを飲み干す砂羽を横目に雅水はずっとスマートフォンを眺めていた。
「顔、にやついてるけど?」
「そりゃ。悪い気はしないじゃない? でも年下はなぁ」
そう言ってスマートフォンをテーブルに伏せ、焼き鳥に手を伸ばしながら、
「トーコ遅れるってー」
ついでのように言い、珍しくスマートフォンをテーブルの上に置いている砂羽の顔を覗き込んだ。
その顔に渋々、
「あたしも、一件だけ来たよ。LINE」
お代わりを頼むついでの、砂羽のひとことだった。
「うそ。え? 連絡が来たってこと? だれから? 」
「さぁ。電気屋さんか警備員じゃないの」
「返事は? てか、どっち? 山本? 白樫? あたしにはあいさつ程度の返信しかないけど」
なんの興味も示さなかった砂羽に連絡があったとは、雅水の興味を大いに刺激したのは言うまでもない。
「さぁ。上……なんとかってひと?」
「うえ? だれだっけ。あ。え!?」
その名前は3番でも5番でもなく、最後に会話をした4番でもなかったのだ。
「それ、上じゃなくてあげいしじゃない?」
「あぁそうかも」
「それ、ホストだよ」
「ほすとぉ?」
「そう、元ホスト。ほら、だって1番」
そういって雅美は自分のLINE画面を砂羽の目の前に突き出す。雅美のスマートフォンには、名前の左にしっかりと番号が振ってありカッコ内に職業まで明記してあった。
「なに、その番号」
「と、もうひとりはなんだったっけ? でもまぁまぁイケメンだったはず」
砂羽の声など耳に入らないのか、雅美は再びスマートフォンを見る。
「あ、寺井だ。会社員か。微妙だな」
「ふぅ~ん」
「ふぅ~ん。じゃ、ない! 返信したの?」
「しないよ。だって、興味ないもん」
「そうじゃないでしょ!? 一蓮托生! てか、なんて? ちょっと、携帯見せて」
「え~」
興味のない砂羽は、面倒くさそうにスマートフォンを持ち上げた。
「だって、さ」
「なにそれ。いいじゃん! いこうよ、食事。飲みじゃないところがいい」
「え~。今頃胡散臭い」
「イケメンだったの! だってホストだよ!?」
「ホストの時点でやばいじゃん」
「だって『元』だから、元ホスト! 今は起業家」
「ちょ、落ち着いて」
「なに大きい声出して。響き渡ってるよ」
そんなふたりの背後から「遅れる」と連絡のあった桃子が慌てて顔を覗かせた。
「トーコ!」
言われてそんなに「大声だったか」と辺りを見回す雅水に、
「おつかれ~。早かったじゃーん」
これで解放されるとばかりに砂羽は席をずれ、自分の隣に促した。
「うん。時間調整で15分早く上がれた」
「なに飲む?」
「ん~。どうしようかな」
「それじゃぁ、あまり話をしなかった人から連絡がきたの?」
乾杯のあと、ひと通りの流れを聞きながら桃子が答えた。
「話さなかったわけではないよ。でも、あまり覚えてないかも。最初だったし緊張してたから」
雅水自身ターゲットにしていたわけでもなく、LINEのやり取りも除外していた相手だけに記憶が曖昧のようだ。
「うそつけ」
そんな雅水に毒づく砂羽。
「そういうのって、いいの? その連絡取り合うのは」
勝手の解らない桃子には怪しさしか浮かばない。
「別に決まりはないよ。じゃなきゃ全員とLINE交換なんてしないし、中にはそうやって後から連絡してくるのもいるにはいる……」
歯切れの悪い雅水に、
「けど? 腑に落ちないって感じね」
「だって、そういう場合たいてい」
「たいてい何よ?」
砂羽も初めてのことだけに頼りは雅水だけだ。
「だから、興味のある相手に声かけたけど、反応がないから次って感じ?」
「なに? じゃぁあたしらはついで? おこぼれってわけ」
「そういうわけじゃないけど」
「やめやめ、そんなの。失礼極まりない」
「でももったいないじゃん」
「なにそれ、節操ないな」
「そんなこと言ってる場合じゃないの。チャンスは這ってでも掴むの!」
半ば必死の雅水は、つい先日別れたばかりの元カレにもう「彼女ができた」という事実が悔しくてたまらないらしい。
「うわぁ。不純」
「正攻法じゃだめなの。とりあえず行ってみようよ、ね!」
「やだよ。だいいち顔も覚えてないのに。それに、ふたりだけってのは」
「あたしとトーコがいるじゃん」
「え? 会うってこと?」
ひとり話について行けてない桃子。
「マジかー」
「もちろん!」
やる気満々なのは雅水だけだった。
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