「恋愛体質」第6話
恋愛体質:étude
『カフェテラス』
1.greeting
「男は余計なことは喋らないけどさ」
「でも女はおしゃべりだわ。話を聞いているならせめて、相槌くらい打って欲しいものよね」
「喋り過ぎる男は逆にうざいけどね~」
「寡黙が素敵! な~んて感じることもあったけど。やっぱり会話が成立しないんじゃ、物足りない」
「欲しい言葉だけくれればいいのに。それは贅沢だって解ってるけど」
「きちんと理解できてもいないくせに、解ってるような顔をして微笑むのだけはやめて欲しいわ」
「こと恋愛に関しては、単細胞だし?」
「女ごころを理解して欲しいとまではいわないけれど、頭から否定されるのはねぇ……どうなの?」
「幼稚なんだか、ただのバカなのか」
「都合のいいところだけかっこつけて気を惹いといて、こっちの反応にはまるで気づかないなんて」
「解らないまま被害者面するのは……」
そこでふたりの言葉が重なった。
ズズズーっ……
目の前で捲し立てられているその様子を見ていた和音は、試合終了のホイッスルの如く頬がへこむほどストローを吸い上げた。
「もう一杯飲んでいいよね。あんたたちの奢りでさ」
そこでようやく、ここが大学に隣接しているカフェの一席で、パラソルのついた丸テーブルを囲む3人の周りの雑踏が機能されたような気がした。
「なんでそうなる?」
「またお腹壊すよ?」
「不協和音。あんたたちの噛み合わない話だけで充分消化不良なの。ぁ、すいませーん」
軽く右手をかざし定員を呼び止め、飛び切りの笑顔でこたえる。
「アイスカフェモカください」
「噛み合って、ない?」
「充分話通じてたよね」
顔を見合わせ頷く藍禾と結子。
「まぁふたりとも。彼氏の愚痴を言っていたことは解る。こ」
「そうよ」
またふたりの言葉が重なった。その妙な共鳴に目を丸くする和音は、呆れて「個々に」という言葉を飲み込んだ。
「まず藍禾」
と、左側に顔を向け、
「言いたいこと? 聞きたいこと? どっちでもいいけど、直接本人にぶちまけたらいいじゃない」
「そして結子」
今度は右側に顔をむけ、
「求め過ぎだって。黙ってほしいのか喋ってほしいのか」
そう言って彼女の肩に手を掛け、
「あんたたち毎回思うけど、彼氏が逆だったらよかったのにね」
「それいう?」
「ひどぉ~い」
「だって、毎回そうなんだもん。ダブルデートでもしてみたら? なにか新しい発見があるかもしれないじゃない」
「あぁタイプじゃないし」
「彼、人見知りだから~」
そんな事情、和音にとっては「あ~ぁ」でしかない。
「ところで和音は?」
「いい加減その二重奏。や、め、て」
「偶然だって」
「たまたまよ」
「で、どうなのよ」
「そうよ、例の彼」
ふたりが興味津々なのも無理はない。和音のお目当てはなにせ元ホストの起業家だというのだから、瞬き激しく返事を待つ。
「どうでもないよ。会ってないし」
「なんでよ」
「相手ホストよね、イケメンよね」
それが「普通」のことのように期待を膨らませる結子。
「元、ね。元ホスト」
「なーに和音ってば。ホスト通いしてるってこと? どうりでつきあい悪いわけだ」
皮肉にも取れる笑みを浮かべる藍禾は、自分だけ知らないのかと若干の不満顔。
「してないわよ、ホスト通いなんて」
「じゃ~どこで知り合うのよ。どこで出会うわけ?」
執拗に絡んでくる。
「だから、会ってないもん」
「今さら隠さないでよ」
「そうそう。そもそも出会いのきっかけは?」
「あ~」
左右見合わせ「言わなきゃダメ?」と顔を歪ませる。
「だ~め!」
「だよね~」
気の重い和音は、観念したように口を開いた。
「バイト先のー、」
2.cause
「バイト? 式場? ロビコン? あたし聞いてないけど」
同じ弦楽専攻の藍禾は、和音と一緒に結婚式場やホテルのロビーで室内楽のアルバイトをしている。
「式場で会ったわけ? おじさんしかいないって言ってたじゃな~い」
管楽専攻の結子は蚊帳の外だ。
「式場じゃなくて、そのあとよ」
「そのあと!?」
和音は大きく息を吐き、
「藍禾が都合が悪くてこれなかった日があったじゃない?」
「あぁ。あったかもね」
「あの日、おじさんたちに誘われて飲み会に行ったのよ」
「へぇ。よく付き合ったね」
「やだ、和音こわい~」
「だって、回らないお寿司食べさせてくれるって言うし、中途半端な時間で迎えも頼めなかったから」
「あぁ回らないヤツなら仕方ない」
「色気より食い気なのね」
想定内だけど、とストローに口をつける結子。
「ひれ酒っていうの? 言われるままに調子に乗って飲みすぎちゃって、おじさんたちとバイバイしたあとダウンしてるところを助けてもらったの」
「へぇ~。そんな都合のいい出会いあるの?」
半信半疑の結子に、
「ホントはおじさんだったんじゃないの?」
からかう藍禾。
「冗談でもやめてよ」
「ごめん、ごめん。それで?」
「店の真ん前にいたから……邪魔にされたというか」
「店の真ん前。ホストの?」
「そう」
「作戦?」
「んなわけっ」
「じゃぁ酔っぱらいの和音を解放してくれたのが、ホストの~、なんてったっけ」
名前を思い出そうと顔をしかめる結子。
「ユウヤ! 酔っぱらいって」
「そうユウヤ。まぁそういうことよ」
「それで?」
名前なんかは「どうでもいい」と、先を急ぐ藍禾。
「それで、そのあとお礼にお店に行ったらいなくて」
「会えなかったの?」
「あんたたち、双子!?」
「そんなのはいいから」
「それでどうしたのよ」
「彼を知ってる人捕まえて、結局は会えたんだけど。会ってみたら兄貴の知り合いだったの」
途端にばつが悪くなる。
「兄貴?」
「じゃぁ、都合いいじゃなぁい。取り持ってもらえば」
身内が出て来たことで途端に興味をなくす結子。
「だから。それでなかなか会えなくなっちゃったんだってば」
和音は「うんざり」といった表情を浮かべる。
「会わないの? 会えないの?」
「どっちもよ、多分」
「え~」
「仕事が忙しいから?」
「振られちゃったの?」
「はぁ……」
再び重なるふたりの声に、和音は大きくため息で返す。
「そもそも兄貴の知り合いって時点で、あたしを相手にはしない」
「なんで? お兄さん怖いの?」
アイスカフェモカを持ってきた店員に「わたしもおなじものを」と声を掛ける結子に「めんどくさいの」と和音が畳みかける。
「めんどくさい?」
「そう。兄貴がめんどくさいこというから。だから相手も『だったらつきあわなくていい』ってなるでしょーよ。兄貴の友だちは兄貴の性格知ってるから」
「あんたの兄貴、兄よりの親父さんだもんねー」
藍禾はからかうように目配せし「そうなの?」と問う結子に、
「そうなの。和音んちはさ、両親より兄貴の一声!……だもんねー」
と、1、2度見掛けた程度の兄の印象を述べる。
「へぇ~頼もしいじゃない」
「頼もしいことなんかないわよ」
頭を抱えて見せる和音には、今一番の悩みの種なのだ。
「そんなこと言ったってデートについてくるわけじゃないでしょ。え、ついてくるの?」
「さすがにそれはないけど」
「ならいいじゃない。いいお兄さん」
身内が味方なら「取り持ってもらえる」と単純に考える結子に、
「いいお兄さんじゃなくて、お父さんだから。対応が」
藍禾は「ムリムリムリ」と目を細めつつ首を振る。
「そう。くちうるさ、あ! 今何時」
「もうすぐ4時」
「まっずい。あたし行くね」
音を立てて立ち上がり、テーブルの上の私物をかき集める。
「どうしたー?」
「その口うるさい兄貴が迎えに来るのよ。ちょっとでも遅れたらマジで置いてかれる」
いうが早いか椅子に掛けてあったリュックを背負い、隣の椅子に立てかけてあったバイオリンケースを掴むと「あとで連絡するね」と早口に述べその場を駆け出した。
「ぁうん。気をつけて」
「慌てると転ぶわよー」
忙しなく駆け出していく和音の背中に、聞こえてはいないだろう声を掛け、ため息をつく藍禾と結子だった。
3.circumstance
「カフェモカどうすんのよ」
「結局奢らされちゃったね」
「慌てちゃってまぁ。まるで彼氏にでも会いに行くようじゃないの」
頬杖を突き、和音の背中を見送る藍禾。
「あのバイオリンケースも、お兄さんのプレゼントなんでしょう?」
自分たちの楽器ケースより、明らかにつややかに輝くケースに毒づく結子。
「彼氏がいるあたしたちより、はるかにリア充よね」
「なんだかんだ大事にされてるってことだものね~」
「実際さ~和音に彼氏ができないのってブラコンのせいだと思うんだよね」
「え、イケメンなの?」
急に興味を示す結子に、
「イケメンっていうか、強面?」
「怖いけど、モテるってこと?」
「本気で言ってる?」
「違うの?」
「まぁいいわ。イケメンかどうかは置いといて。バイオリン弾いてる時のお兄さんはまぢすごかった。そこはイケメンかもね」
「すごかったってことは、今はかっこ悪いの?」
「もう! 結子。そこから離れて」
「ごめん、ごめん」
「和音の両親、知ってるよね?」
「お母さんがピアニストで、お父さんがオペラやってるのよね」
「そうよ。だから和音もお兄さんも、小さい頃からピアノとバイオリン、その他をやってたわけ」
「お兄さんも音大出身てこと?」
「それがねー。和音のお兄さん、バイオリンでいいとこまで行ったんだけどさー。遅く来た反抗期っていうか、大学進学で両親と揉めて進学やめちゃったんだよね」
「へぇ~ワイルドー」
「ワイルドどころじゃないでしょ。そのせいで絶縁状態らしい」
「よく知ってるわね」
「中学から一緒だからね。それに、和音の両親。有名だからネット叩けば出てくるし」
「あぁ」
話し始めて止まらなくなった藍禾は、和音の残していったアイスカフェモカを自分の手前に引き寄せ、
「お兄さんが彼女と長続きしないのも、絶対! 和音のせいだと思う」
と、続けた。
「え、和音もお兄さんのデートにくっついていくってこと?」
「もう、結子。でもまぁそういうことになるかなー。お兄さん以上に、お兄さんの彼女に固執するんだよねぇ」
「なにそれ、嫌がらせ?」
「本人は邪魔してる自覚ないみたいだから、なんとも言えないんだけど。多分、さみしさの現れなんじゃないのかな」
「さみしい? お兄さんが離れてるから?」
「それもあるだろうけど。子どもの頃から両親は海外に行くことが多かったし、自分にはお兄さんだけだったじゃない? 放っておかれるのがイヤなんだと思う」
「なるほどねぇ。それにしても、先が思いやられるねぇ」
「そういうことよね」
4.smartphone
「セーフ!」
全速力で走ってきて、ゴールテープを切るように勢いよく助手席のドアに手を突く和音。明らかに怒っているであろう運転席の顔には気づかないふりで、後部座席のドアを開けた。
「イヤぁ講義が長引いちゃって」
と、言い訳しても、
「なにがセーフだ、待たせやがって。そもそも今日は午前中で終わりのはずだろ」
こちらを見もせず毒づくのは、先ほど話題に上っていた「めんどくさい兄」重音だ。
「ちょっと遅れただけじゃなーい」
リュックとバイオリンケースを静かに並べドアを閉める。素早く助手席に乗り込むと、いつも通りの小言が降りかかる。
「こっちだって仕事の途中なんだよ。呼び出しといて待たせるとか、もっと時間を有効に使えよ」
「ハイハイごめんなさい。これから気をつけま~す」
こちらもいつものこと、と軽口を叩く。
「友だちとのランチだって、学生には大事な時間なんですぅ」
「三羽ガラスが」
舌打ちまじりに車を発進させる兄は、なんだかんだと言いつついつも味方だ。それが解っているだけに、小言もなんなく受け流せる。
「来月のロビコン、来てくれるよね?」
そして学生は、自分のことしか話さない。
「来月?」
「え~言ったじゃーん。冠山荘のロビーコンサート。今回はちょっと大きくやるからさ」
「あ~」
「あー忘れてるー」
「忘れてねーよ。行くよ、タダだろ?」
「残念。今回はチケット制なんです。何枚買ってくれる?」
「チケットばっか買ったって、頭数にならねーだろ」
「いいからいいから。妹を助けると思って! ねっ!」
ため息をつかれても、結局買ってくれることも知っている。
「ねぇ電話なってるよ」
センターコンソールに伏せて置かれた震えるスマートフォンに手を伸ばす。
「あぁ。あとでかけ直す」
そう言われながらも、救い上げたスマートフォンの着信画面を見るや否や、和音は指を滑らせる。
「もしもし? ユウヤ!」
明るく甲高い声。
「おい!」
慌てて腕を伸ばしてくる兄を交わし「久しぶり~元気だった?」と、勝手に話し始めた。
それを横目に苦虫顔の重音。
「なになに、あたしとは会ってくれないのにお兄ちゃんには電話までするのー?」
必死にあれこれ話し掛けるも相手からは『かけなおす』としか返ってこない。
「ねー今なにしてるの? あ、あたしと電話中かー。やだ~相変わらずいい声~」
めげずに話し続ける和音から、車を停めスマートフォンを奪い取る兄。
「あ~もう、お兄ちゃん!」
「だーってろ!」
「もしもし、わりぃ。そしてタイミングもわりぃわ」
電話の向こうからは笑い声がこだまする。
「なんだよ。BBQ? あぁ土曜だっけ? 日曜? 月曜……マジか。祝日ね」
淡々と済ませて電話を切る。
「おまえ、他人の電話に出るのは無断で郵便物開けるのと一緒だぞ!」
怒りをあらわにするも、そんなことは和音の耳には入っていない。
「あたしも行く! ユウヤとBBQ!」
「はぁ? BBQなんて言ってねーぞ」
「聞いた。お兄ちゃんが今言った。祝日ね、絶対行く! BBQなら女手も必要だよね、藍禾と結子連れて絶対に行くから! 絶対ね」
そう念を押すと「もうなにも聞かなーい」と、プイっと窓の外を見たまま一切口を噤んだ。
そうなると和音は頑として譲らない。
そして重音は深くため息をつく「いやな予感しかない」と。