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小説『オスカルな女たち』0

     《 プロローグ 》

オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ〉…宝塚歌劇団のミュージカルでも知られる、漫画『ベルサイユのばら』の登場人物であり、だれもが知る男装の麗人。だがこれは「宝塚歌劇団」の話でもなければ「フランス革命」の話でもない。

かつてお嬢様学校ともてはやされた世界で、生徒達の憧れの象徴『オスカル』の名を冠されて過ごした乙女たち。これは乙女らが成長し、社会に出てそれぞれの家庭を持ち、第2の思春期と呼ばれる世代になったのちの揺れ動く心の葛藤の物語である。時に繊細に、時に赤裸々に、オスカルがドレスを纏うことを諦めたように、彼女たちもまたなにかを諦め、だれにも言えない秘密を抱えて生きている・・・・。

その昔は高貴なお家柄のご息女たちが多く通っていたとされる由緒ある女学院、いわゆる典型的なお嬢様学校であった母校は、時代の流れとともに現在では共学校になったものの未だその風格は健在だった。創立100周年の記念パーティーは卒業生所縁の高級ホテルで行われ、在学していた当時を圧倒的に凌ぐ煌びやかさで盛大に行われた。一部舞踏会のような様相で現れるかつての乙女たち、世界中で活躍する卒業生や卒業生の息のかかった腕の立つ料理人たちが集められ、エンターティナーショーさながらにその腕前は披露された。
当たり前の日常だったその輝きは、普段過ごす現実とは少しずつ、しかし確実に距離が開いていた。
そんな華やかな記念パーティーと併せ催された同窓会は、懐かしい顔ぶれと当時の面影を引き連れ、気まぐれに出席した同窓生たちに、またひとつ現実から遠のくおとぎ話を聞かせることとなる。
在学生の中には各学年、織瀬(おりせ)、真実(まこと)、つかさ、玲(あきら)…と稀に数名、宝塚歌劇団の芸名のような名を持つ生徒が在籍していた。そんな乙女らの間には代々受け継がれる秘かな暗黙のルールが設けられていたのだ。それは、公私共にはつらつとし女子高生特有の「憧れ」の対象となる生徒は皆『オスカル』と呼ばれ特別視されていたということ。もちろん彼女たちもその謂れを認知しており、噂の『オスカル』の話に花を咲かせた者もいる。だが、自分たちがそう呼名されていたことにうっすらと自覚はあったものの、その実態はまったく把握してはいなかった。なぜなら『オスカル』は噂や遊びの域を越えず、当人たちにそれと聞こえてくることがなかったからだ。
歴史ある老舗の女学院だが、時代の流れとともに限られた家庭だけを受け入れるという体制には無理が生じていた。そんな大人の事情から、近年では様々な身分の乙女が学び、世に巣立っていくこととなる。ともあれ当時の乙女らは『オスカル』と呼ばれることを品位と捉え、栄誉と讃えて賛美した。富裕層のみならず一般家庭の受け入れをするようになってからもその呼び名は引き継がれ、小さなざわめき(噂)となっていつしか乙女たちの呼称(あだ名)のように扱われるようになっていったのだ。そしてここに登場する4人は「女学院」と呼ばれていた時代の最後の卒業生でもある。
少々大げさに受け継がれた母校の伝統に巻き込まれた彼女らは、卒業後は『オスカル』に対する興味も薄れ、そのような事実があったことさえ忘れるほどにそれぞれの生活に日を負われていた。時を経て、無礼講となった同窓会の席で同級生にそれらを知らされ、以来自然と結び付けられて現在に至る・・・・。

美女と野獣


「ね、写真とってくれる?」
カウンター越しにバーテンダーにスマートフォンを手渡す。
「トップ画面にカメラマークついてるから…」
わかる?…と、斜め上のバーテンダーの彼の手を覗き込むようなしぐさをし「撮ります」との彼の声にあおられ友人ふたりと顔を寄せる。
華やかな創立記念パーティーから9年、久しぶりの同窓会は以前に比べると出席者も少なくなり、ずいぶんと質素なものになっていた。アラフォーと呼ばれる年齢になった4人のオスカルたちからすると、仰々しい肩書のない集まりはかえって緊張感がなくなり、とても楽しい時間になっていた。
産後の友人をしぶしぶ見送った残りの3人は「話し足りないね」などと言いながらここへ来た。適度に賑わい、適度に落ち着ける、最近の4人のお気に入りでもある行きつけのバー『kyss(シュス)』。だが週末とあってテーブル席が空いておらず、珍しくカウンターに並んだ。
3人ともしたたか酔って、一旦話の腰が折れたところで記念撮影ということになったのだった・・・・。


まだまだ未熟者ですが、夢に向かって邁進します