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椎名エリ『渦中』~動かなくなる肉体~

「手術、急を要する」

「明日、至急 MRI」

「難病指定、申請 急務」
 
目眩のするような言葉ばかり、彼女から飛び込んでくる。

せめて、手術をする前に声を聞いておきたい。

しかし、劣悪な状態の彼女の精神では、電話で話すことは不可能である。

「会いたい」

彼女の親友たちは、私も含め、その衝動に駆られている。

「私はもう妻に、彼女の好きなことをしてあげられなくなる。彼女に、自分を介護させるなんて出来ない。
だから言ったの。
私、あなたから、身を引くって」

彼女は自身の妻である、ペニスを持った愛しい奴隷に、そう打ち明けて、しこたま怒られた。

「私たち、夫婦だけど双子でしょう?あなたに 現実感がないのは全部わかる。
まるで他人事みたいにしか、自分のカラダを扱えないことも。
私は、生涯かけて、あなたの介護をする。
だって愛してるんだもの」
 
ただただ、慈しむような、ささやかな愛しい やり取り。

彼女は私に言ったことがある。

「私は彼女になら、性器をいじってって言えるの。挿入して頂戴って言えるの。こんなの初めてなの。私ははじめて、一人の裸の女になれたの。
彼女のおかげで」

彼女は 早熟 であった。
物心ついて、早い時期から自分の女を持て余していた。

「女」という肉体の持つ「業」。

それを早くから知っていた。

小学校に入学し、連日 教師から性的虐待を受け続けた。

その時すでに彼女は成熟した女で、身体だけが小さな子供だった。

PTSD。
解離性障害。
そして 解離性健忘。

小学校時代、性的虐待を受け続けていた彼女は、途中から記憶を失った。

私とは全く逆である。
男の子の遊び しか知らず、男の子と沼や野山でしか遊んだことのない私は、小学4年生のとき遠い親戚の精神を病んだ お兄ちゃん に、処女膜を破られたことがあった。

私は全く子どもであった。
小学4年生の私は、「自分が女であること」にも「性というもの」にも、全く 幼稚なぐらい 疎かった。
当時の私は「性的虐待」を受けたのだという認識が、恐ろしく薄かった。

椎名 エリという 魂は、早熟さゆえに早くから壊れてしまった。
繰り返しレイプを受けたが、レイプをレイプされたと認識できず、そこにはただ、瓦解した早熟な女という精神と、諦観 だけがあり、されるがままだったと言う。

私は違った。
自分の体は自分のもの。
自分の意思は自分の意思。
そういった強烈な我があった。
だからレイプされる度、苦しみ、レイプで妊娠してしまう度、光を見ずに殺される我が子について苦しみ、「私が殺した」と言った慚愧に駆られた。

私の反応はおそらく、ごくごく一般的で当たり前の感覚だろう。

椎名エリの魂は、もっと無残に、もっともっと酷く、退廃していたのだ。

椎名 エリの魂に、息吹を吹き込んでくれたのは、知り合ってもう20年になる現在の妻である、ペニスを持った可愛い 彼女、可愛い奴隷であった。

モノクロームにしか見えなかった世界に、鮮やかに色がつき、彼女はようやくそのしなやかな、異国の美しい蝶のような羽根でもって 羽ばたき始めていた。

「愛」

そう呼ばれる高貴な、身も蓋もないほど生々しく 高貴な、そんな世界で羽ばたいていた。

しかしその羽が、動かなくなった。

指先は 麻痺し、足はもつれ、羽が動かなくなっていく病に犯された。

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