短編小説 泥酔 【BL】15年後の同窓会 その3

これまでの話は、こちらのマガジンにまとめてあります。

***

憲司と唯志が一緒に暮らし始めて、3週間が経った頃の週末。
そろそろ、8月も終わろうとしている。

前よりスキンシップが増えたとはいえ、憲司と唯志はのんびりと日々を過ごしていた。
いうなれば、男二人の合宿状態。

憲司は唯志に対し、恋愛感情を持っている。
だが唯志は憲司のことを、いまだ「同級生」以上の目で見ることができないでいた。

それでもいい、と憲司は思う。
15年も想ってきたのだ。
今こうして、一緒に暮らしているだけで満足できている。

基本的に、家事は憲司が受け持っている。
自営業で、比較的時間に余裕があるからだ。

サラリーマンの唯志が帰宅するのは、だいたい19時ごろである。
それに合わせて、憲司は夕食の支度をしている。

だが、この日は唯志の帰宅が遅い。
職場の飲み会があるとかで、憲司は1人で簡単に食事を摂った。
そして、先に入浴を済ませる。

午後11時30分。
ガラガラ、と引き戸を開ける音が玄関から聞こえた。
憲司は急いで玄関へと向かった。

「ただいま~」

唯志は、若い男性にもたれるようにして、かろうじて立っていた。
その顔が、真っ赤になっている。

「主任、大丈夫ですか?歩けます?」

若い男性は、後輩であろう。
どうやら、唯志を送ってきたようだ。

「うん、いける。たぶん、あるける」

だが言葉に反し、若い男性が手を離したとたん、唯志はよろめいた。
その体を、憲司はすかさず受け止める。

そして、後輩らしい男性を見た。
まだ22、3歳くらいだろうか。
見た目は中肉中背、といったところだが、なかなか可愛らしい顔をしている。

「あ、すみません。僕、岩下主任の部下で、向井といいます。主任、ちょっと飲みすぎたみたいで…」

そう言って、向井と名乗った青年は礼儀正しくぺこりと頭を下げた。
どうやら、彼は酔っていないらしい。

「送ってきてくれたんや、手間かけさせてしもたな」

ごめんやで、と憲司も軽く頭を下げる。

「いえいえ。主任、大丈夫ですかね?」

向井が、憲司にもたれかかっている唯志をちらりと見た。

「あ、いけるいける。後は何とかするから。ほんま、ありがとう」

憲司は端正な顔に笑みを浮かべ、ふらふらになっている唯志をしっかりと抱きとめた。
向井に、見せつけるように。

「ほな、よろしくお願いします」

向井は一礼して、玄関を出た。

***

「ほら唯志、しっかり歩け」

どうにか唯志の靴を脱がせ、片腕を自分の肩にかける。

「ん…憲司ぃ…」

目をとろんとさせながら、唯志は憲司の肩によりかかった。

「ほら、部屋行くで」

憲司は唯志をしっかりと支え、廊下を歩き始めた。

亡くなった祖父から受け継いだという憲司の自宅は、広い。
昔ながらの、平屋日本家屋である。

その家の奥にある、空いていた1室を唯志は自室として使っていた。
自分の部屋がある方が、気兼ねなく生活ができるだろう、という憲司の配慮だ。

食事など、普段の生活は2人でリビングで過ごす。
だが夜は、それぞれ自室で眠りについていた。

苦労しながら、憲司は唯志が使っている部屋のふすまを開け、照明を点けた。
唯志が来てから、この部屋に入ったことはない。
そこはプライバシーを大事にせねば、と思ったからだ。

6畳ほどの和室の中央に、小さなローテーブルが置かれている。
後は、部屋の隅にあるハンガーラックに、仕事用のスーツが数着。
ほかは、特に何も見当たらない。

「布団…は、押し入れか。唯志、とりあえず座れ。布団敷いたるから」

「ん-…」

切れ長の目は、もうほとんど開いていない。
憲司はとりあえずシャツを脱がせ、壁にもたれかけるようにして唯志を座らせた。

だが、無駄だった。
そのままずるりと、唯志の体は畳へと倒れこんだ。

しゃあないな、とつぶやき、憲司は急いで布団を敷く。

「唯志、ほら。布団敷いたから」

移動させるべく、唯志の肩をゆさぶる。
だが、反応はない。
仕方なく、その上半身を抱えるようにして、布団へと移動させた。

「とりあえず、シワになったらアカンから。ズボン脱がすで」

一応断っておいてから、憲司はスラックスに手をかけた。
唯志は、されるがままになっている。

「このまま襲ったろか」

心の中でつぶやいてからスラックスを脱がせ、ハンガーにかけた。
むろん、襲うつもりは、ない。

いったん部屋を出て、憲司は台所に向かった。
とりあえず、水でも飲ませないと。

そしてコップに冷たいミネラルウォーターを入れ、唯志の部屋へと戻る。

「ほら唯志、水。飲んで」

布団の上でぐったりしている唯志の体を、どうにかして支える。

「み…ず?」

「そう。水飲んどかんと、朝しんどいで」

憲司は、唯志の唇にコップを近づけた。
だが、飲む気配はない。

「けんじぃ…飲まして?」

「は!?誘ってるとしたら、えらいベタな手やな」

呆れながらも、憲司はどうにか口移しで水を飲ませることに成功した。

「ほな、俺も自分の部屋に戻るから。電気、消していくで」

そう言って立ち上がりかけた憲司の手を、唯志がつかんだ。

「けんじぃ…イヤや」

唯志の意識は、もうろうとしている。
だが、つかんだ手を離そうとしない。

「何が。行ったらアカンのか?」

憲司は、唯志の顔をのぞきこんだ。
キレイな顔は酔っててもキレイやな、と思う。

「うん…あかん」

唯志は手を伸ばし、憲司の肩を探る。
抱きつこうとしているらしい。

「しゃあないな。布団、狭ぁなるで」

仕方なく、憲司は唯志の隣に身を横たえた。
そして、腕枕をし、背中を抱いてやる。

ほどなく、唯志は安心しきった表情で寝息を立て始めた。

「襲うぞ、コラ」

憲司はつぶやいて、唯志の髪をなでる。
だが襲うつもりは、毛頭ない。

ただ、今夜は眠れなくなりそうだ…と、天井を仰いだ。

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