見出し画像

短編小説 居酒屋にて【BL】15年後の同窓会 その9

これまでの話は、こちらのマガジンにまとめてあります。

***

憲司が「たから」に到着すると、加奈子はカウンター席に座っていた。
前回と違い、膝上丈のタイトスカートを身に着けている。
スカートからのぞく白い脚が、どことなくなまめかしい。

「よっ」

軽く声をかけ、憲司は加奈子の隣に座る。

「遅かったなぁ。待ってたのに」

加奈子は、すでに生ビールを飲んでいるらしい。
カウンターテーブルには、飲みかけのジョッキが置かれている。

「いや、俺も飲んでるから、歩いて来たし」

憲司も、生ビールを注文する。

「…で?相談ごとって?」

目の前に置かれた生ビールを、ぐっとあおる。
できることなら、とっとと済ませて帰りたい。

「そんな焦らんでもいいやん。ちょっとくらい、飲もうよ」

微笑を浮かべ、加奈子は上目遣いで憲司を見上げる。

「いやまぁ…うん…」

仕方なくうなずいて、憲司はビールを喉に流し込んだ。
『唯志がいるから早く帰りたい』と言いたいところだが、頼りにされると弱いところが、憲司にはあった。

「5年ぶりか…同窓会で、北浜と会ったの」

加奈子が、ぽつりとつぶやく。

「そんなもんやったっけ?」

はっきり言って、憲司はあまり覚えていない。

「たまたま、その時付き合ってた彼氏と、ここに飲みにきてて。そしたら北浜も座ってたことがあってさ」

居酒屋「たから」は、家から近いということもあり、憲司は時折訪れていた。
だが、加奈子と会ったことはまったく覚えていなかった。

「その時は、彼氏と結婚の約束しててん。でも、相手の浮気で破断になったんやんか」

加奈子は、過去を語り始める。

「そこから5年、誰とも付き合う気になれんくて。…言い寄ってくる男も、おらへんこともなかったんやけどね」

まぶしい程の美貌が、わずかに曇る。
憲司は、無言でうなずいた。

「で、こないだ北浜と会って…」

そこでいったん、加奈子は言葉を切った。
憲司は、加奈子の顔をのぞきこむ。
ほんのり、頬が色付いているように、見えた。

「そしたら、めっちゃいい男になってるやん」

少し恥ずかしそうに言って、加奈子はうつむいた。

「俺が?」

憲司が、首をかしげる。

「そう。…北浜とやったら、前の男のことも忘れられるんちゃうか、と思って」

照れを隠すかのように、加奈子はビールを一気に流し込んだ。

「つまりは、俺と付き合いたい、てこと?」

困ったことになった、と憲司は思った。
唯志の言った通りだった、と。

「そう。憲司、今はフリーなんやろ?同窓会の時、言うてたやん。もうずっと、彼女はいてへん、て」

憲司を見る加奈子の視線が、熱を帯びている。

「まぁ、『彼女』はおれへんけど…」

「それやったら、いいやん。私と付き合ってよ」

加奈子は、自慢の美貌に最大限の笑顔を浮かべた。
憲司が断ることを、これっぽっちも予想していないようだ。

「気持ちは嬉しいけど…」

憲司は、どう断ろうかと言い淀む。

「けど?」

怪訝な表情で、加奈子は憲司の顔をのぞきこむ。

「ごめん。井上と付き合うつもりは、ないねん」

憲司は加奈子の目を見て、答えた。

「なんで!?今、彼女おれへんのやろ?それやったら、いいやん。どこがアカンのよ」

自分ほどの女を前にして、とでもいいたげに加奈子はまくしてる。
きれいにカールされた髪が、肩先で揺れた。

「俺に彼女がおれへんからOK、とかいう理由じゃないねん。俺は井上と付き合うつもりはないよ」

憲司は苦笑して、生ビールをひと口飲んだ。
加奈子は何か考えるように視線をさまよわせている。

そして、ふとその目が見開かれた。

「まさかとは思うけど」

「ん?」

唯志のことを持ち出されるか、と、憲司は身構える。
つとめて平静を装っているが。

「岩下と何かあるんちゃうやろな」

アイラインを引かれた目じりが、きっと上がった。

「うーん…」

唯志とのことを、説明するべきか。
憲司は腕を組んだ。

「えっ!?マジでそうなん?」

言ってはみたものの、憲司が言葉に詰まるとは思ってもみなかったのだろう。
驚きに、加奈子の目が大きく見開かれる。

「いや、唯志と付き合ってるわけじゃないで?」

憲司は、あいまいに言葉を濁した。

「じゃあ何?私と付き合われへん理由って、岩下なんやろ?」

加奈子が詰め寄った、その時。

「ガラリ」

たからの引き戸が開き、唯志が姿を見せた。

サポートしていただけると、飛び上がって喜びます。 明日への活力、記事アップへの励みになります。 私にとってのリポビタンDです! (そこはレッドブルとかモンエナと違うんかい!)