短編小説 居酒屋にて【BL】15年後の同窓会 その9
これまでの話は、こちらのマガジンにまとめてあります。
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憲司が「たから」に到着すると、加奈子はカウンター席に座っていた。
前回と違い、膝上丈のタイトスカートを身に着けている。
スカートからのぞく白い脚が、どことなくなまめかしい。
「よっ」
軽く声をかけ、憲司は加奈子の隣に座る。
「遅かったなぁ。待ってたのに」
加奈子は、すでに生ビールを飲んでいるらしい。
カウンターテーブルには、飲みかけのジョッキが置かれている。
「いや、俺も飲んでるから、歩いて来たし」
憲司も、生ビールを注文する。
「…で?相談ごとって?」
目の前に置かれた生ビールを、ぐっとあおる。
できることなら、とっとと済ませて帰りたい。
「そんな焦らんでもいいやん。ちょっとくらい、飲もうよ」
微笑を浮かべ、加奈子は上目遣いで憲司を見上げる。
「いやまぁ…うん…」
仕方なくうなずいて、憲司はビールを喉に流し込んだ。
『唯志がいるから早く帰りたい』と言いたいところだが、頼りにされると弱いところが、憲司にはあった。
「5年ぶりか…同窓会で、北浜と会ったの」
加奈子が、ぽつりとつぶやく。
「そんなもんやったっけ?」
はっきり言って、憲司はあまり覚えていない。
「たまたま、その時付き合ってた彼氏と、ここに飲みにきてて。そしたら北浜も座ってたことがあってさ」
居酒屋「たから」は、家から近いということもあり、憲司は時折訪れていた。
だが、加奈子と会ったことはまったく覚えていなかった。
「その時は、彼氏と結婚の約束しててん。でも、相手の浮気で破断になったんやんか」
加奈子は、過去を語り始める。
「そこから5年、誰とも付き合う気になれんくて。…言い寄ってくる男も、おらへんこともなかったんやけどね」
まぶしい程の美貌が、わずかに曇る。
憲司は、無言でうなずいた。
「で、こないだ北浜と会って…」
そこでいったん、加奈子は言葉を切った。
憲司は、加奈子の顔をのぞきこむ。
ほんのり、頬が色付いているように、見えた。
「そしたら、めっちゃいい男になってるやん」
少し恥ずかしそうに言って、加奈子はうつむいた。
「俺が?」
憲司が、首をかしげる。
「そう。…北浜とやったら、前の男のことも忘れられるんちゃうか、と思って」
照れを隠すかのように、加奈子はビールを一気に流し込んだ。
「つまりは、俺と付き合いたい、てこと?」
困ったことになった、と憲司は思った。
唯志の言った通りだった、と。
「そう。憲司、今はフリーなんやろ?同窓会の時、言うてたやん。もうずっと、彼女はいてへん、て」
憲司を見る加奈子の視線が、熱を帯びている。
「まぁ、『彼女』はおれへんけど…」
「それやったら、いいやん。私と付き合ってよ」
加奈子は、自慢の美貌に最大限の笑顔を浮かべた。
憲司が断ることを、これっぽっちも予想していないようだ。
「気持ちは嬉しいけど…」
憲司は、どう断ろうかと言い淀む。
「けど?」
怪訝な表情で、加奈子は憲司の顔をのぞきこむ。
「ごめん。井上と付き合うつもりは、ないねん」
憲司は加奈子の目を見て、答えた。
「なんで!?今、彼女おれへんのやろ?それやったら、いいやん。どこがアカンのよ」
自分ほどの女を前にして、とでもいいたげに加奈子はまくしてる。
きれいにカールされた髪が、肩先で揺れた。
「俺に彼女がおれへんからOK、とかいう理由じゃないねん。俺は井上と付き合うつもりはないよ」
憲司は苦笑して、生ビールをひと口飲んだ。
加奈子は何か考えるように視線をさまよわせている。
そして、ふとその目が見開かれた。
「まさかとは思うけど」
「ん?」
唯志のことを持ち出されるか、と、憲司は身構える。
つとめて平静を装っているが。
「岩下と何かあるんちゃうやろな」
アイラインを引かれた目じりが、きっと上がった。
「うーん…」
唯志とのことを、説明するべきか。
憲司は腕を組んだ。
「えっ!?マジでそうなん?」
言ってはみたものの、憲司が言葉に詰まるとは思ってもみなかったのだろう。
驚きに、加奈子の目が大きく見開かれる。
「いや、唯志と付き合ってるわけじゃないで?」
憲司は、あいまいに言葉を濁した。
「じゃあ何?私と付き合われへん理由って、岩下なんやろ?」
加奈子が詰め寄った、その時。
「ガラリ」
たからの引き戸が開き、唯志が姿を見せた。
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