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花火とバラエティとマフラー

 ふしぎな人を見た。
 その女性は背が高くてスタイルもよく、目鼻立ちのくっきりとした、とてつもない美人だった。モデルか芸能人だろうか。わたしは見たことが無いけれど、こんなにきれいな人が芸能人だったら知らないはずがないだろうから、海外で活躍しているのかもしれない。なんとなく、和服だって似合いそうだし、日本人のような気がするけれど、外国の人かもしれない。というか、ここまでスタイルのいい人が、自分と同じ日本人とは、ちょっと思いたくなかったりもする。
 とはいえ、その女性がふしぎなのは、美しさのせいではない。日も落ちたとはいえ、この暑い夏。美女は、マフラーをぐるんぐるんに首に巻いていた。他は薄手のカットソーとスキニーパンツを身につけているからこそ――それだってこの季節であれば十分暑そうだが――マフラーがとても目立っていた。
「ちーちゃん、あの人、なんでマフラーしてんだろ」
 わたしは幼馴染のちーちゃんこと千尋に声をかけた。少し距離があいていたから、自然と声が大きくなる。聞こえたかもと思って女性を再度見たけれど、特に気にした様子もなかったので、すこしほっとする。ソーシャルディスタンス、といって少し前を歩いていたちーちゃんは戻ってきて、そんなわたしの様子を気にもせず、じぃっと女性をみつめた。
「おしゃれはガマン、ってやつじゃない?」
 少しして、ちーちゃんはそう言った。
「お母さんが言ってた。足が痛くてもハイヒールを履くのも、寒くってもスカートをはくのも、おしゃれのためだって。おしゃれはガマン、なんだって」
「じゃあ、暑いのにマフラーをするのも、おしゃれなの?」
「きっとそうだよ。あんなにきれいな人がしてるんだもん」
 なるほど、さすがちーちゃんはよく知ってるなぁ、と思った。家に帰ったら、衣替えでしまったはずのマフラーを出そうと、わたしは思った。


 奇妙な星にいた。
 その星は、気温が37度、私の星で言うならマイナス30度しかないのに、人々はとてつもなく薄着だった。一応、薄着に見える超保温素材の衣服を身につけてはいたが、耐えられずに、私はマフラーを首にぐるぐると巻いていた。おしゃれはガマンだなどと、言っている場合ではない。
「やあ、ステラ。もうしばらくで収録だよ」
 そう言って私を呼びに来たのは、現場監督のケビンだ。彼は外星――故郷と違う星での取材の経験が豊富だ。周囲に溶け込むことの重要性をよく理解している彼は、寒かろうに、この星の人間とほぼ同じくらい薄着に見える格好をしている。超保温素材なので見た目ほど寒くはないだろうが、見ている方が寒気がする。
「相変わらず律儀ね、ケビン。そんなに薄着で。あなたは映像に映らないのだから、もう少し着こんでもいいんじゃない?」
「せっかくのドッキリ企画だというのに、僕みたいな裏方のせいでバレたら嫌じゃないか。裏方こそ、できる限り現地に溶け込んでいたいのさ」
「じゃあ、私はレポーターなのに、失格ね。カメラが回るまではとてもマフラーをはずす気になれないわ」
「いや、君はどうやら、そのスタイルがこの星でも"おしゃれ"に見えるようだからね。さすが銀河3つのコンテストを制した美女だけあるよ。地球人にもカリスマ性みたいなのは通じるのかな」
 ケビンは先ほど通りすがった女の子たちを遠目に見やりながら、とても素直な口ぶりでそう言った。

 私たちは、外星に行ってドッキリ企画を行うという、バラエティ番組を作っている。故郷では有名な番組で、その中でも地球での企画は人気があった。もちろん、地球という異文化に新鮮な好奇心を抱いているというのもあるが、人気の理由は別にある。地球人は宇宙進出も間近と実は注目されているが、本人たちはまだ自分たちの星の外の生命体については調べが追い付いていないらしい。そんな微妙な時期の人々に、果たしてドッキリは成功するのか否や、というのが、様々な娯楽に飽きた人々を熱中させていた。
 今回は地球の日本で、花火大会があるというので、それに混ざって我らの故郷の花火を打ち上げたら現地の人々は気付くのか、という企画だった。
 シンプルで華やかな企画だったが、思わぬ壁にぶつかってしまった。
「こんなに静かだけれど、本当に花火は上がるの? 例年の様子と全然違うようだけれど」
「しかたないさ。今年はいつもと事情が違うのだから」
 地球での、病の流行だ。そのウイルスは故郷の星の研究により、我々の身体には影響がないことが分かったので、取材班は地球に来ることはできた。しかし、病の流行を防ぐために大きな花火大会は中止になってしまっていた。企画がお蔵入りになるかと思われたが、今日になって、日本の数か所で同時に花火が打ち上げられるという情報が入った。
 ちなみに、人が集まると病が広がる恐れがあるということで、普通の人には花火があがるという情報は公開されていない。そのため、毎年花火大会ともなれば人で埋まる河川敷が、随分と閑散としていた。現地の人すら知らないような極秘情報を仕入れてきたのはケビンだが、どういったルートでその情報を手に入れたのかは、他には誰も知らない。ケビンは肩をすくめて、つづけた。
「僕としては、職人の花火を無駄にしたくない。だから、この情報にかけるさ。何かしらの責任をとることになったとしても」
 私はケビンの、口調はふざけていても透き通った瞳を見た。今回の企画だが、流行り病のほかにも大きな困難があった。地球の花火の芸術的レベルがとても高かったことだ。
 私たちの星にも疫病退散祈願のために花火をあげる慣習はあったが、審美的に言えば、地球の花火と比べるとみすぼらしかった。地球の花火の写真は――記録なので現物よりも見劣りしますと一言添えられていても尚――見事で、初めて見た時には言葉を失った。担当者全員が、ぜひこの企画をやり遂げたいと思った。その写真を持って工房をまわり、協力してくれる花火職人を集めた。写真の花火にほれ込んだ職人たちは、企画用とは言えあまりに見劣りするようでは話にならないと、数年かけて技術を磨いた。今回地球に持ち込んだ花火は、その技術と、ついいつもの習慣で込められた疫病退散の祈りがこれでもかと詰まった、特注品だった。
 花火は繊細で、宇宙船での運搬に耐えられるようにケースはあるものの、ケースを使用できるのは片道だけだった。つまり今回の企画で打ち上げられなければ、花火は廃棄になってしまう。なんとしても打ち上げたいというのは、ケビンだけでなく全員の気持ちでもあった。

「見て、ステラ」
 日ももうすぐ沈みきるという時、ケビンが、少年のようにきらきらとした声をあげる。
「花火師たちが動き出した。情報は正しかった!」
 ケビンが指さした方向には、確かに作業している人々が見えた。手際よく花火を打ち上げる準備を進めていく。ケビンが仲間たちに確認をすると、こちらの花火も打ち上げの準備が整っていた。
「ああ、地球ではあんな風にセッティングするのか。こっちとは全然違うんだな、そうなのか……」
 カメラに、レポーターであるステラに、指示をしながら、ケビンはぶつぶつとつぶやいた。そして、マフラーをとりながらスタンバイしている私に向かって言った。
「来年だ、ステラ。来年、また来よう。来年は僕らが思っていたものなんかよりも、ずっと美しいものが撮れる」
 カウントダウンが始まる。私が丸めたマフラーを放り投げると、ケビンは当然のように片手で受け止めた。
「そして今年は、今年だけの美しいものを撮ろう」

 その夜、日本各地で、悪病退散を祈願しての花火が打ち上げられた。
 誰が数えたのか、夜空には予定よりもほんの数発、多くの花が咲いたという。

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