家事とは。家族とは。私の持っていた「型」とは。
「型。」
型とは。
型をググってみました。
Oxford languageからによると、幾つかある型の意味のひとつ。
模範となるもの。手本。
「典型・儀型」とあります。
ところで、最近、家事が苦痛でなくなりました。
まだ楽しい、と言える境地ではありません。誰かに託せるのなら託したいもんね。
どうして苦痛でなくなったかというと…
やりたくない時、放棄するようになったからです。
子供が4人いる我が家。
家事をこなさないと、なかなかの見映えになります。
山のような洗濯物。
どっちゃり油のついたお皿の山があるシンク。
埃がたまってる、床のある部分。
出し忘れたゴミ。
等々
書くとすごい家中を想像してしまう。
まあ、これを全て満たしたことはまだありません。
そもそも働き者の私(自分ででいってみました)、いよいよって位になると身体が動きます。
だからなんとかなってます。
やるか~。
って立ち上がった私。
不機嫌になることはなく結構ご機嫌です。
何故なら、
多少サボったから身体が復活してる。
そして家事したら、うちが綺麗になるから
気持ちいい。
家事をためるようになったら、した後の爽快感が増しました。
家事をする時の動機、
モチベーションが変わったのです。
かつての私は、
家事をやらなければならないものって捉えていました。
家事ってもちろんそういうものなんだろうけど、
家の中の奥さんがやるべきもの
毎日きちんとしなければならないもの
自分のしたい事をする前にきちんと終わらせなければならないもの。
という観念ががっちりあったような。
どんなに疲れていても
「自分が」こなさねば、
となっていました。
いわゆる「型」
型にはまっていたのです。
幼い頃、私が見てきた母親の姿
幼い頃、自分が両親に気に入られるための処世術
時代の背景(昭和)
等々など
それが今の私にまで大きな影響を及ぼして、知らないうちに私の中で「型」となり
そこにはまっていたのでした。
家事をして、子育てして、
フルタイムの仕事をする私は、いつも時間に追われていました。
やらなきゃ、
やらなきゃ、
って。
だからホントそんな時は不機嫌でしたし
自覚なく、子供に当たり散らしていたと思います。
それが、自分に正直になり
出来ない時は放棄してよいと自分に許可を出しました。
後回しにするわけだから、後が大変になるけど、もうそれでよい、休もう、と。
そうしたら、とても楽になり、しかも楽しくなったのです。
何故なんだろう、と考えたら
「型」というワードが出てきたのでした。
「型」は時として美しい。
でも、私の持っていた「型」は
窮屈なものでした。
私、追い込まれていたもんね。
手放せてよかったな。
私にとって手放してよかったな、と思う型はもうひとつあります。
それは、家族という型。
私が思っていた家族の型。
ひとつ屋根の下、
お父さんがいて
お母さんがいて
子供がいて
この型は、なんとしても守らなければならないと思っていました。
どんなことがあっても。
だからどんなに自分が嫌なことがあっても
愛されてないのかもしれないと思っても
我慢して
耐えて。
だってこの家族という型を守らなければならないと思いこんでいたから。
これも幼い頃から私が知らず知らずに身につけた観念。
結局離婚という形にはなったけど
この私が思い込んでいた家族の型を手放して楽になりました。
頭の中が型でガチガチになっていたのかな。
型は確かに大切なものだけど
私の持っていたこの家族の型は必要のないものでした。
気付けてよかった。
もっと柔軟に生きていきたい。
その一番の近道は、自分の感情を正直に感じることなのかもしれません。
そうしたら気付きが降ってきました。
皆さんもそれぞれ持っている「型」。
どんな型をもっているかな、と考えてみると案外新しい発見があるのかもしれません。
自分がイキイキ出来る素敵な型を持っていますように!
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