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第55回:「音で味は変わりますか?」

最近よく聞くご質問。

「音は味覚に影響しますか?」「音で味は変えられますか?」


いつも申し上げている「帝釈天で産湯を使い方式」で回答しますと、<音はヒトの「感情」を引き出し、動かし、「記憶」を呼び起こし、「行動」を喚起することができます。>ので、答えはもちろん、「イエス」です。

クロスモーダルとは何か


しかしながら、日本の各種メディアや広告、企業様の発信などを拝見しましても、「音が味覚に働きかけるクロスモーダルの仕組み」を正しく理解・応用して音と味覚の効果を活用されている例は残念ながらあまりお見かけしないのが実情です。そう、この「クロスモーダル」が鍵なのです。

クロスモーダルとは、「人間の五感のうち複数の感覚を交わらせて、意図的にある感覚を他の感覚よりも、感じ方を異なるようにさせ、際立たせたり沈めたりすることができる効果のことです。クロス、と言いますと<1×1>のような聞こえ方がするかもしれませんが、決して1×1ではありません。複数の感覚をヒトの脳内で交わらせ、意図的に望む効果を発生させるわけですから、<マルチセンサー知覚>といった方が適切かもしれません。

つまり、ヒトには五感があり、各々の聴覚や味覚が独立して、単独で<何かを感じている>わけではなく、五感のうち複数の感覚がヒトの脳内でお互い補完し合い、感じ、理解し、結果として<何らかの感覚を認知>するというわけです。ですから、「耳から聞いた情報の認知が聴覚である」といった単純な独立したものではありません。

耳からのインプットの聴覚、目からのインプットの視覚、口からのインプットの味覚。これらの感覚が脳内でお互いに影響し合い、補完し合い、認知することを「クロスモーダル」というわけです。

大きなお鍋でシチューを作るように脳内にインプットされた情報がぐつぐつと交わって調理され、できあがった料理がシチューならぬ、「クロスモーダル」とでも申しましょう。

これを冒頭の音と味覚の観点・飲食の視点から申し上げると、味覚に深みや爽やかさを際立たせる科学的に立証された方法がある、五感の組み合わせを利用して感じ方をデザインできるということです。

まずはこちらの動画を見てみましょう。


いかがでしたでしょうか。この動画の食べ物を見て塩味を感じましたか?あるいは感じた気がしましたか?塩味を「感じた気」がするかもしれませんが、これは実はクロスモーダルではなく、ヒトが過去に経験した海やカモメの記憶に働きかけているだけなのです。記憶へ訴えかけて味覚が変わった感じがするのはクロスモーダルではありませんし、「フランス風のBGMが流れた日はフランスワインの購入率が上がる」といったプライミング効果でもないのです。

そう、「海とカモメと食べ物の動画」は直接的バイアスを利用したコンテンツであると申し上げることができるでしょう。

海が塩味であることを多くの方はイメージされますね。この動画では、明らかに多くの方が塩辛いとイメージする海を見せて塩辛さを感じさせているわけです。つまり、海を見せて塩味を感じさせるのは、直接情報を与えているだけですので、心理学でプライミング効果と呼ばれるものでもクロス・モーダルでもありません。そもそも海を見たことがない人や海水の味を知らない人には効果がありませんから、普遍的な手法ですらありませんよね。

一方、プライミング効果とは先行する刺激があって、すでに脳の中にもとからあるその刺激に連想を複数掛け合わせて間接的に想起させるものです。赤くて、甘酸っぱくて、シャキっとして、「り」で始まるものは何ですか・・と聞かれれば、「リズム」と答える方はかなり少数と思われ、大抵は「りんご」・・となるでしょう。この時、林檎であることも果物であることも林檎の絵を見せなくとも、ヒトの脳内情報と刺激で「りんご」という答えが導きだされるわけです。 

たとえばある酒屋さんでBGMの種類でお客様の購入金額がどう変化するか調査した研究があります。バッハのようなバロック音楽が流れていた日はそうでない日よりお客様のお店での滞在時間が長くなり、より高価なワインが売れたそうです。Jazzでもなく、シャンソンでもなく、モーツァルトでもなく、オペラでもなく、バロック音楽なのだそうです。ここのポイントは、「安いワインがたくさん売れた」ではなく「いつもより高い価格帯のワインが選択された」です。バロック音楽が店内をリッチな雰囲気の空間にし、お客様の心もリッチな感覚に導く「プライミング効果」がばっちり効いた、というわけですね。このように直接的な情報やイメージを明示的に見せずとも間接的なもの同士を掛け合わせて想起させたいものを想起させるのがプライミングです。

これは、普遍的で老若男女、洋の東西を問わず仕掛けることのできる科学という名の魔法です。

はたまた一方とある実験で、「パリパリ」っとした音を聞かせながら被験者にポテトチップを食べてもらったら、被験者はよりポテトチップをパリパリに感じることが出来た、という実験があるのですが、これはクロスモーダルではなく、直接情報を与えているだけのバイアスです。駄菓子屋さんで買った30円のチョコでも、チョコレートフォンデュが流れる動画を見ながら食べればより甘くメルティに感じる効果はあるはずですが、これもバイアスです。チョコを食べたことがない方には効果がありません。

では、バイアスでもなく、プライミング効果でもない、万人に有効な「クロスモーダル」とは何なのか。

次回、ご説明しましょう。

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