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人型蒸汽は月下の帝都に嗤う(2)

探し人の白磁の乙女は"蒸気爆弾"であった。俺はそれを丁重に我が家にご招待しようとして軍警に捕捉された。仕方なし、と俺は腕に蒸気を込め……。


世界大戦後、蒸気機関文明は益々繁栄を遂げた。
その理由が、亜米利加の天才殿が開発した「蒸気機関の小型化の方法」「出力の倍増法」。
その理由が分かってからと言うもの、どこの軍もこぞって新型蒸気機関を兵器に埋め込んだ。単純に蒸気圧を使った爆弾から軍艦、戦車。果ては人間。

戦争の闇は人を気狂いにさせる。どこの国のお偉方もこぞって、蒸気機関を人間に埋め込み始めた。蒸気の力で強化された兵士の軍隊で、戦争に勝とうと言うのだ。時には孤児を拐かし、時には自殺志願者を募り、時には負傷兵を材料にし…

無数とも言われる実験作の末路は大半が散々足るもの。僅かばかりの成功作は大戦の終了と共に野に放たれた……実戦に投入されることなく。
その1人が俺だ。そして恐らくは、彼女もその1人。


ブシュウウウウ!
真鍮の骨格と金属管、動力器官に置換された俺の右腕の表皮が薄く展開し、大量の白煙が噴出される。その煙幕は俺の右腕から瞬く間に拡散した。半径二米(メートル)…五米……十米。

「ゲホッ!ゴホッ!…あン?」軍警の刑事が噎せ返り、ふと気づく。「…蒸気じゃぁねぇかッ!野郎ケムに巻きやがってぇッ!探せ!探せ!」自動軍警のビボビボガシャガシャと云う起動音。あいも変わらず喚き続ける刑事。

俺と白磁の乙女はと云うと、白煙の中屋根瓦を突き破り、蔵の中へ。真下が小麦粉の袋の山であったのが救いだ。だが白磁の乙女は愚か、俺の帽子まで真白である。製パン会社の小麦粉の備蓄庫であろう。

「………」乙女の様子を伺うと、彼女は人差し指を拳銃めいて俺の鼻先に突きつけて居た。爪の合間に微細な噴出器官。蒸気大国・露西亜製の最新鋭技術の賜物。俺は条件反射めいて両手を上げた。

「…クトゥー・ティー!?カコヤ・トヴォヤ・ツィー!?」
「ステイ!ウェイト!待ってくれ!頼む!俺は君を助けに来た!」
露語など到底分かったものではない。俺が思わず叫ぶと、白磁の乙女が怪訝な表情をさらに疑念に深めた。
「……タスケ?」
「あ、ああ。日本語、分かるか?」
「少し。…貴方、名前は」
「シッ!」

……ガシャガシャ、ピボピボ。自動軍警が蔵の前を通り、一時停止。しばらく付近を探索して回る。音でわかる。

「…君を探している人々が居る」声を押し殺し、可能な限り平易な文章で彼女に伝えようと努める。「その依頼を見て、探しにきた」
「!」敵意に目を見開く乙女を、俺は片手で遮る。「ああ、分かってるさ。タダで君を引き渡されたくはないだろう…俺は助けに来たと言ったんだ」そう言って俺は首筋を見せた。帝国軍の焼印。人型蒸気、蒸気仕掛けの奴隷を暗に表す、忌々しい刻印。
…乙女の顔つきが驚愕に変わり、やがて何かを理解したかのように頷いた。

ガシャ、ガシャ…。自動軍警が蔵の前から立ち去ったのを察すると、俺は立ち上がり、乙女を助け起こし、ずれた黒眼鏡を直した。蔵の中で月光だけが煌々と照り、彼女の白磁の肌と、白銀の髪が美しく映える。

「俺は平吉。遠藤平吉だ」「…ソフィーヤ。ソフィーヤ・ミハイロヴナ」


月光が雲に隠れ、光が朧となる。俺たち二人は頭上を見上げる。
「…詳しく聞かせて」「まずはここを出ないとな」「どうやって」「蔵の閂はいつだって外にあるもんだ。入り口から出るしかあるまい」「?」

俺は白磁の乙女を抱え、中折れ帽を抑えると、大きな噴出音と共に開けた穴へと飛んだ。

【続く】

これは#逆噴射小説大賞に投稿しそびれた私ことTac.Tが、今更ながらそのレギュレーションに沿って書き上げたパルプ小説の一部分……の続きである。

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