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人型蒸汽は月下の帝都に嗤う

白磁の肌を持つその乙女の、その目は今は閉じられている。気絶している。
辛うじて纏っている外套を引き裂かぬように、加減に気をつけながら俺は彼女を持ち上げる。思った以上に軽い。被って居たキャスケット帽が落ち、白銀の髪が露わになる。
これが本当に『行方知れずの露西亜のお嬢さん』であろうか。古びた手袋を外すと、答えはすぐに分かった。右掌に焼き跡。露西亜軍の意匠。

「マジかよ……参るなァ……」

俺が丸い黒眼鏡越しに辺りを見ると、自動軍警の数体が焼け焦げ、廃材と化して路地に転がって居た。真鍮の骨格の溶け具合からしても至近距離から高圧の蒸気をぶっ掛けられたのは火を見るより明らかだ。つまり俺は、か弱い乙女の形を取った危険な蒸気爆弾を抱えていると言うことになる。

「参るなァ…」

冷や汗が流れた頬を掻く。軍警の警報音が遠くに迫る。
俺はしかと片手でお嬢さんを俺の外套の中に隠すように抱えると、もう片手で彼女にキャスケット帽を被せ、俺の頭の中折れ帽を抑えた。両足に力を込め、蒸気を充填する。

バシュウッ、と音を立てて俺は跳躍した。丁度そこにあったビルの縁を掴み、軍警の車から射出される自動軍警達の姿を確認する。
所詮は自動人形、とはいえ察知されないうちに逃げるのが得策である。さらに跳躍。外套が翻る。反対側のビルの屋上に着地すると、そのまま建物伝いに走り始めた。

「……?」

白磁の乙女が目を覚ました。
俺は乙女を見下ろすと、静かにするようにゼスチュアを返そうとして…その蒼い瞳が俺の顔を捉えたことに気づき、一瞬躊躇った。
乙女の方は躊躇いなく表情を慌てふためかせると、何事か分からぬ異人の言葉で喚きながら腕の中で暴れ始めた。

「おッ、落ちるぞ、よせ!」俺がそう叫んだ瞬間、「居たぞぉ!黒外套だァ!」とどら声が下から聞こえた。軍警の刑事だ。自動軍警を数体引き連れて俺を追って居たと見える。

仕方なし。俺は真鍮に置換された片腕に蒸気を充填した。

【続く】


以上800文字。
これは#逆噴射小説大賞に投稿しそびれた私ことTac.Tが、今更ながらそのレギュレーションに沿って書き上げたパルプ小説の一部分である。

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