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モロッコ人と一緒にサッカー観戦してわかったこと

モロッコ人って、サッカー好きなの?
自分の中では、好きだろうな、程度に考えていた。中には好きなやつも多いだろうな、くらいに。
モロッコがポルトガルを下し、ベスト4入りを決めた。サッカーワールドカップの話である。今回、アフリカ勢として初めてベスト4入りを果たしたこの歴史的瞬間を、私はモロッコ人と一緒に迎えるという奇妙な体験をした。
感想を一言で表すとすれば、モロッコ人は、サッカーを好き過ぎる。
一泊二日の週末ホームステイで、我が家は今回モロッコ人の青年を招き入れることになった。神奈川県が主催する、外国人のホームステイ受け入れに以前から登録してあり、今回で3人目の受け入れとなる。ここ最近はコロナの影響でその機会もなくなり、実に3年ぶりのホームステイだ。過去2回はいずれもドイツ、イギリスとヨーロッパからの留学生であった。2人ともサッカー好きで、ビールを飲みながら楽しくサッカー談義ができたことを覚えている。
しかし、今回はモロッコ人だ。一番の相違点は、彼はムスリム(イスラム教徒)で、宗教上の戒律から酒を一滴も飲むことができない。食事も豚肉を食べられないなど、制限がある。文化的な違いが、生活スタイルを想像することを難しくさせていた。
数日前、今回受け入れるモロッコ人の「アリ」からメールが来た。内容は以下のようなものだった。

ホストファミリー様、お元気ですか?
さて、私がホームステイに伺う12月10日深夜に、私の祖国と私にとって大切なサッカーの試合があります。私はそれをとても見たいと願っています。静かに見てもいいですか?でも、夜遅いのでホストファミリーの皆様に迷惑を掛けてしまうかもしれません。もしダメと言うのなら我慢します。それでは、ホームステイを楽しみにしています。アリ

日本はすでに敗れてしまったが、モロッコが決勝トーナメントの初戦でスペインを倒し、勝ち残っていたことは当然知っていた。しかもその日がホームステイ当日に当たることもわかっていた。私自身、夜に一緒に見られたらいい経験になるかな、とぼんやりと考えていた。そこに来たメールだった。早速返信した。内容は以下だ。

アリさん、メールありがとうございます。
モロッコが勝ち上がり、ホームステイ当日に試合があること、知っています。
さて、静かに試合を見たいという提案ですが、残念ながらお断りさせて頂きます。なぜなら、私たちも一緒に、大騒ぎして見たいからです。
当日を楽しみにしています。

すぐに「ありがとうございます」の返信が来た。
サッカーは静かに見るものではない。そんな体験をさせてしまったら、日本人がワールドスタンダードを理解しない民族として、レッテルを貼られてしまう。

当日になった。27歳のモロッコ人はとても好青年で、アラビア語、フランス語、英語を話すここができる。日本語もまあまあ話せるスーパーな奴だった。
ここでは、ホームステイの話は割愛させて頂く。文化的相違など、今回受け入れの話は別途執筆したいと思う。

家族揃っての夕食後、皆お互いに一度ベッドルームに別れた。24時前、私が起きてリビングでAbema TVをセッティングしていると、アリが起きてきた。熱い日本茶を淹れた。私はビールを飲もうか迷ったが、彼にならい、お茶を啜った。
まず驚いたのは、彼のサッカーに対する知識量だ。自国の選手プロフィール(所属クラブなど)はもちろん、相手国ポルトガルのデータも一通り頭に入っている。生まれた場所や、ユース時代に過ごしたクラブなど、ディープな情報まで知っていた。聞くとモロッコ人でサッカーを嫌いな人間はいないと言う。
コンパクトに組織された守備。ディフェンスラインも高い。前から後ろから、常にプレスを掛ける。ポルトガルが大外から仕掛けても、個の力でピンチを作らせない。逆に効果的なカウンターを何本か発動させていた。チャンスが来ると、アリのテンションも上がり、日本語で「行け、行け」と前のめりに画面に見入っていた。シュートを外すと、「あおぅ!」と言いながら両手で頭を抱え込む。このポーズは全世界共通だな、と思った。
75対25。ポゼッションスタッツだ。圧倒的にポルトガルがボールを保持している。しかし、アリは涼しい顔で、プラン通りだ、と答える。もし私がモロッコ国民だとしてこのサッカーを観戦したら、いかにして自分たちでボールを保持する時間を長くするか、そこに自国の課題を見出す。しかし、アリの見解は違った。このままでいい、全てプラン通りだと。
前半残りわずかな時間帯に、その瞬間は訪れた。ラフに上げたクロスに対して、高く飛んだモロッコのFWが、キーパーより一瞬早く頭で合わせた。ボールは一度地面を叩き、ゴールに吸い込まれた。瞬間、アリは立ち上がってガッツポーズを決めた。私と握手した手に強い力が掛かる。興奮が伝わってくる。
後半も、堪える時間が長かった。早々に5バックに変更し、守備固めの意思を明確に表す。私は個人的に、その戦術変更に対して早すぎると感じた。残り30分以上もあるのに、もう引きこもるのか、と。しかし、アリはプラン通りだと言う。
試合は予想通り、一方的にポルトガルが攻め続ける展開となる。正直、失点も時間の問題かと思われたが、ギリギリのところで防ぎ続ける。
印象的だったのは、最終ラインで奪ったボールを、他の守備が固いチームと同じように前方へ蹴り出さないことだ。サイドから丁寧に繋いでいく。中盤とサイドで効果的に一枚剥がし、そこから攻撃を展開する。前線の枚数が少ないため、波状攻撃はできないが、アリにとってはそれもよく見慣れた光景だったのだろう、守備第一だ、と納得の試合運びのようだ。
私はここに、今大会でモロッコが旋風を巻き起こしている理由を見た気がした。
チームとして、戦術や意識の共有が大切なことは誰もがわかっている。日本もそれが一つのストロングポイントとなり、グループステージ突破を決めた。しかし、モロッコはもう一段上だった。チームだけではない。国民までもが一体となって、戦術や試合運びの方法を共有しているのだ。この戦術を選択し、もしも追いつかれたとしても、さらには逆転負けを喫したとしても、それは納得のものなのだろう。監督や選手、そして祖国を信頼している、その強さを感じた。勝っても負けてもあちこちから雑音が飛んでくる日本とは違う。本当の意味の一体化だ。
勝利を告げるホイッスル。歓喜するアリ。しかし、どこか結果は分かっていたと言わんばかりの自信も感じられる。
おめでとう。握手したその手は、少しだけ汗ばんでいた。
次はセミファイナル。さて、あと二つ。どこまで行けるのか。
モロッコ人と一緒にサッカー観戦して分かったもう一つのこと。
ビールがなくても、サッカーは楽しめる。

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