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#4 セルフ・ネガティブ・スパイラル-陰キャが陥るもうひとつの「SNS」

唐突だが、いわゆる「陰キャ」は2つの「SNS」をする、というのが、中高大と「陰キャ」スタンスで過ごしてきた自分の持論である。自分は陰/陽の判断は友人関係の多寡では判断していないので、当てはまらないと思った場合はそれは貴方が自分から見て「陰キャ」でなかっただけのことと思っていただいて構わない。羨ましい限りである。

1つ目は勿論「Social Networking Service」である。陰キャはSNSを避けるというイメージを持つ方もいるかもしれないが、現代社会において「まったく使わない」という者は存在しないだろう。

陰キャはSNSの使い方にまず迷う。

現実世界でのコミュニケーションの延長線上に置くか、もしくは新たなコミュニティとするか。ここで「リアル」の延長線上にSNSを置いた場合、さらに葛藤が生まれる。普段見せない自分の一面はどう扱うか。出すべきか出さないべきか。知り合いを見つけたらフォローするか。フォローバックされたか。ツイ廃であると思われてしまわないか。面白いことを言ったほうがいいか。周りは何を面白いと思うのか。相手が好みであれ近況であれ何かを公開し自分がそれを「共有」しているという感覚、相手の自己に対する承認度が数値化して現れるという側面は、その手軽さと相まって新たな快感と葛藤を植え付けていく。結果として、表出する呟きの量が多い場合はもちろん、たとえ少なくても、タイムラインを覗きまくる、いいね数が気になって何度も開くなどの典型的「SNS依存」が生まれるのである。

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意識しておきたいこととして、SNSであれ現実であれ、陰キャは自分の発言に必要以上の「責任感」を感じるものである。自分の身の丈に合った発言への強迫観念からか、よっぽどのことは言えたものではない。周りにも「自分は自分をわかっています」というアピールを続けようとするわけだが、それはやはり「自虐」の形をとるわけだ。

ネガティブなことを言うと、次に来るのはその「否定」や「改善策アドバイス」であることが多い。その利便性から、会話が苦手な人間はこれを多用する。ところが自己肯定感があまりにも低い場合はその「否定」はお世辞にしか受け取れず、「改善策アドバイス」は「自分には無効」と断定してしまう。そして自分で言ったはずの言葉で傷つき、次のネガティブ発言を生み、自己肯定感はさらに低下していく。

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これが第2の陰キャの「SNS」「Self Negative Spiral」(セルフ・ネガティブ・スパイラル。無理があるとは思うが収まりが良いのでご容赦頂きたい)である。気分が滅入ったことを言う人間が周りにいると空気が悪くなるのと同じことで、普段から後ろ向きな言葉を使い続けていること自体が「後ろ向き」の原因となっているのである。この状態はある意味負の「無敵状態」であり、後ろ向きな言葉はそのまま受け取り、前向きな言葉は突っぱねられてしまう。どうなっても心は満足しない。

陰キャは2つの「SNS」の沼にハマり、心をすり減らす。改善策は今のところ「使用をやめずとも使いすぎず、適正な付き合い方をしていこう」という、よくある言葉で言い尽くされている。



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