センスのある人は「なんとなく最初からできちゃう」のではなく「体を指示通りに動かせる」。│ジョン・ロックの『人間知性論』を卓球にフル活用しよう!④
第一巻 生得思念について
第二章 心に生得の(理論的)原理はない
命題のかかわる観念自身がその名まえと同じように、人々の生まれながらにあるわけでなく、後にえられるのである。
それゆえ、初めて聞いてすぐ同意するすべての命題で、命題の名辞も、名辞がこれこれの観念を表わすことも、名辞の表わす観念自身も、どれ一つとして生得でないから、そうした命題で生得としてなにが残るか、知れるものなら喜んで知りたい。
初めての卓球で、いきなりフォア打ちができてしまう人は、確かにいます。
こういう人を目の当たりにすると、
「あの人は才能がある」
と思いますよね。
しかし僕は、ロックの経験論を引っ張り出して、「才能」を否定しています。
卓球経験の無い人がなぜ、最初からフォア打ちができるのか、経験論で説明しましょう。
例えば、
「神戸牛は柔らかくてジューシー」
と、誰かが説明しました。
このとき、「柔らかい」「ジューシー」の経験があれば、神戸牛を食べたことがなくても、味の想像ができますよね。
これが、「柔らかい肉」や「ジューシーな肉」を食べたことがなければ、神戸牛の味の想像ができません。
つまり、今までの経験を組み合わせることで、未経験のものの想像ができるということなのです!
話を戻すと、初めてフォア打ちをやるときに、
「ラケットを打つ方向に向けて、やや下から上に軽く振る」
と、コーチがアドバイスをします。
なので、「ラケットを打つ方向に向ける」「やや下から上に振る」「軽く振る」を正確にイメージできれば、フォア打ちの経験が無くても、いきなりできてしまうのです。
つまり、いわゆる「才能のある人」は、自分のイメージ通りに体を動かせているのです!
たまに自分の卓球を撮影したときに、
「えっ!私ってこんな打ち方してるの!?」
ってビックリした経験はありませんか?
これはつまり、
「自分のイメージ通りに体を動かせていない」
という何よりの証拠なわけです。
自分の動きって、イメージと実際のギャップが意外と大きいものです。
そして多くの人は、それに気付いていません。
気付かないまま、イメージ通りに打てている人を目の当たりにすると、もう訳がわからないので、
「ヤツは天才だ…」
と絶望してしまうのです。
まずは自分の映像を見て、イメージと実際が全然違うことを自覚する。
そして、映像チェックを繰り返すことで、ギャップを埋めていく。
こうして、自分の思い通りに体を動かせるようになれば、上達スピードは見違えることでしょう。
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