脳科学リテラシー

『騙されないための脳科学リテラシー』-脳画像マーケティングが怪しい5つの理由を図で解説

どーも、SHUNです。

脳科学ブーム。でもその根拠って本当?

最近、「脳科学的に正しい○○」「○○×脳科学」などという書籍や宣伝が急増しています。Goolgeやディズニーもニューロマーケターを雇い、脳的な購買行動分析の実施に努めているようですね。この背景には、自分がなぜ買うのか、将来買うのかを分かっていないという消費者分析の限界があります。

そのため、人間の行動や思考が無意識を含めた脳で行われているという考えに基づくと直接脳に聞いて、この製品は脳的に売れそうなのか、買わせる反応を引き起こすことができるのかを判断すれば良いという論理や期待は良く分かります。最近では、教育の見直しや有罪判決のデータとして利用する流れも出てきており、我々の生活に身近になってくる可能性があります。

しかし、この脳がそう言っているのだからというロジックは直感的であるゆえに注意する必要があります。特に、脳画像のように目に見えるものは素人目には納得してしまいやすいです。

もちろん脳科学としての取り組みは素晴らしいものです。ただ一方で疑似科学(エセ科学)も存在します。素人目ではこの信憑性の判断が難しいからこそ、脳科学を盲目的に信じないための観点を持ち合わせておくのが重要だと思います。

脳活動を計測する方法

脳活動を計測する方法は主に下記の3つがあります。

fMRI(機能的磁気共鳴画像法)
・脳全体の血流(酸素濃度)を計測し脳画像として取得。
・1~3mm立法ほどの解像度で、活性化している脳部位を細かく調査可能(=高い空間分解能)
・1台数億円と高い。現場計測は不可能であり、機器の中はうるさい。

fNIRS(機能的近赤外線スペクトロスコピー)
・近赤外線を照射し、脳の表層レベルの血流(光の吸収率)を計測。
・簡易かつ手軽に計測可能であり、乳幼児やダンス中でも利用可能。
・脳深部の血流の計測はできず、空間・時間分解能は低くシンプルな結果のみを取得可能。

EGG(脳波)
・頭皮質上に微弱に現れる、脳細胞の活動電位を計測。
・ミリ秒単位で脳活動の時間変化を詳しく調査可能(=高い時間分解能)
・機器は100万円程度と安く現場でも利用可能。
・ノイズに弱く大量の試行回数が必要。空間分解能は低い。

それぞれメリット、デメリットはありますが、脳の活動領域を特定する目的としては、fMRIを用いた脳画像が最も適しているため、研究やマーケティングの根拠としてよく利用されます。2016年には国内の民間企業で初めて花王がfMRIを導入し、新たな美とは何かの研究を始めています。なお、ニューロサイエンスという定義はもう少し広くて、味覚、遺伝子やアイトラッキングのような視覚的特徴など、脳・神経に関する科学領域を対象としています。

『死んだ鮭』から脳活動!?

脳科学リテラシー-死んだ鮭-サーモン

脳科学会ではわりと有名ですが、2012年にイグノーベル賞を受賞した鮭の脳研究があります。イグノーベル賞とは、『いかに人々を笑わせ、そして考えさせてくれたか』を受賞基準とするノーベル賞のパロディ賞です。この研究では、鮮魚店で買った死んだ鮭をfMRIに入れて、様々な社会的状況にある人々の写真を見せて、彼らが何を感じているかを尋ねました。すると、脳のある領域が質問に反応して活性化したというのです。標準的な分析手法が誤って活性化領域を検出してしまう可能性を示すための問題定義であり、脳科学の信憑性を問うものとなりました(*1)。

(*1)http://prefrontal.org/files/posters/Bennett-Salmon-2009.pdf

脳画像分析の基本は引き算

脳科学リテラシー-基本-fMRI

それでは、どのように脳画像分析をするのか見ていきましょう。一般的に実験は比較することで原因を特定していきます。例えば、特定の運動をしたグループとしていないグループの体重の差を比較することで、その運動がダイエットに効果があるのかを測定できます。

脳画像も同じで、ある課題をした場合としていない場合の差を求めることで、どこの部位が活性化しているのかを特定していきます。実際には、脳をボクセル(体積volumeと画素pixelを併せた造語)と呼ばれる立法単位(1~3mm程度)の解像度に分割します。この数万個のボクセルそれぞれを引き算して差を求めることで、血流の変化を測定します。

脳画像の怪しい理由1「因果関係はわからない」

脳科学リテラシー-因果関係

脳画像から分かるのはよくて相関関係であり、因果関係は立証できません。つまり、被験者がある課題を行うとき、脳のある部位の活動が盛んになるのは分かっても、脳がその行動を引き起こしたと結論づけることはできません。

よく、「この機能は脳の○○という箇所で制御されている」といった機能と部位の結びつけをみかけます(脳機能局在論という)。脳は文房具のような特定の役割を持つ道具とは違い、脳全体の神経回路が緊密に結び付くことで存在しています。そのため、計算に関係した領域だと言えても、計算だけに関係しているとはいえないのです

すると、因果関係を示す例として、「暴力的なテレビゲームを子供にさせると、暴力的な行動を引き起こす」という結論があったとします。これは、暴力的なゲームをしているときに、攻撃的傾向と関連した脳の部位の反応が増すことが根拠になっています。

しかし、単に暴力的なゲームが好きで反応しているのかもしれないし、うまくできない自分に苛立ちを感じた反応なのかもしれません。または、普段は良い子なのにゲームをしているときにたまたま刺激を受ける子供もいるでしょう。脳の特定部分が反応したからといって、攻撃に関係して反応したのかや、本当により暴力的になったのかは、脳画像から推断することはできないのです。分かるのは、暴力的なゲームをすると、なんだか特定の部位が反応しやすいよねという相関関係のみです

また、脳領域の活動を抑え込む抑制性のニューロンもあり、活動を盛んにする興奮性のニューロンと区別がつきません。攻撃的的傾向に関係するといわれる脳領域が活性化しても、実は攻撃的反応を抑え込むために活性化しているのかもしれません。

脳画像の怪しい理由2「ニューロンや心理は常に変化する」

脳科学リテラシー-変化

ニューロン(神経細胞)は、並列処理かつ瞬間的に配線を変化し続けています。実験前後で引き算をすることで活性化した部位を特定する必要があるのに、そもそも何もしなくても変化をしていくのです。

また、繰り返し行う課題や自動的化された行動は、ニューロンが最適化されて無駄がなくなり反応が弱まっていきます。そもそも小さな活動はスキャン画像に現れないし(1~3mm立法ほどの解像度の中には10万単位でニューロンがある)、小さな活動こそが重要な役割を担っている可能性もあります。コントロールできない変化がある状態で、正しい結論を出すことは困難です。

さらに、我々は人間です。時間が経つと心理的な変化は必ず出てくるし、課題に対しても異なる思考法や行動をするかもしれません。例えば、「難しそう」とか「お腹空いてきた」の考えも出てくるだろうし、15×15は計算をせずとも答えを記憶しているだけかもしれないし、計算するときには指を無意識に動かしてしまうこともあるでしょう。集中度や努力の程度、解き方は同じ人でも変化するし、個人差もあります。何もしないでくださいと言われても全く同じ心理状態や思考状態にはできないでしょう。それに、何もしないときほど活性化する脳の領域もあるから単純に引き算して済む話でもありません。できるだけ、変化が少ない状況をつくるのが研究者の腕の見せ所ですが、非常に難しいのです。

脳画像の怪しい理由3「リアルタイムでない」

脳科学リテラシー-非同期-非リアルタイム

ニューロンが活性化してから、血流が増えるまで2〜5秒のズレがあります(図は、瞬間的に映像を見せたときの様子)。そのため、例えば、計算課題をした瞬間の脳画像はこれだと特定することが難しいです。単に計算といっても視覚的に問題を見て、言語的に数字であることを認識して大きさを判別し、正解を計算をしないといけません。先程述べた心理的変化もあるでしょう。これらを正確に分解して、どの脳画像がどの活動に対応しているのかを特定していかないといけません

さらに、fMRIは数秒間隔でしか脳画像をスキャンできないため、そもそも欠けた脳画像を対象に分類していくのです。計算問題ならまだしも、より複雑かつ高度な心理的課題を分類して対応づけることは困難極まりないのです。

脳画像の怪しい理由4「統計的な誤差と誤った操作」

脳科学リテラシー-統計

ニューロンや心理的な変化、または単なる計測時の雑音(周囲の熱、呼吸、拍動など)としてノイズが多いということは、同じ被験者に同じ条件で計算をさせたり、何も考えないように指示したとしても、想定結果は全く同じにはならず誤差が出てくるということです。つまり、測定するたびに測定値が変化します。そのため、計算したから活性化したのか、何もしなくても偶然活性化したのかの区別が難しくなります

ただ、全く測定値が異なるというわけではなく、ある程度の範囲の中で測定値は分布します。この分布を加味して、引き算前後の変化が偶然でないことを統計処理で解析していけばよいです。サンプルを集めれば集めるほど、ばらつきは小さく、分布の範囲ははっきりとしていき、偶然ではないといえる血流の変化を見つけることができます。では、95%以上偶然ではなく血流が変化したといえて、0.2%の変化率は意味があるといえるのでしょうか。50%の血流の増加(ありえないけど)は意味がありそうだし、0.001%は意味がなさそうに見えます。結局、血流が増加したと統計的にいえても、意味がある増加かどうかは恣意的に解釈できるのです。脳という未知のものに対して、どの変化率から実際に意味があるのかを断定することはできません(なお、無意識的にせよ、サンプルサイズを調整したり、都合のいいサンプルを選択したり、異常値だからとサンプルを除外するなどで、当初定めた計画から逸脱して有意な結果を得ようとする行為はP値ハッキングと言い、統計の世界では御法度とされています。)

この血流変化の意味を強調するためなのか、視覚化する場合はよく誤解を招く方法が使われています。例えば、0.2%の差を脳画像で表す場合、他の領域には色を付けず、0.2%高い領域のみに色を付けます。さも、0.2%の違いに大きな意味があり、その領域のみが活性化している様に誘導してきます。実際は、他の領域も活性化しているので、他の領域も色を付けた上で、0.2%だけ色の変化をつけるのが正しい解釈となります。

そもそも脳画像を用いた研究は、大量のデータ(数万個のボクセル)に大量のノイズを伴うため、統計処理が難しい特徴があります。そのため、統計的に正しいデータが本当に得られているのかという論争が、上述した「死んだ鮭研究」以外にも何度も発生しています。例えば、一般的に使用されてきた、相関が強い領域を選択してから分析する手法(循環分析やダブルディッピング)は、不当にデータの偶然を利用することで、信じられないほど高い相関を創り出すことに繋がっていることが指摘されました(*2)。

また、2013年には神経科学研究の平均統計力は非常に低いものであることが示されました。実際、脳画像を用いた多くの研究において、データ取得のコストや時間などの制約から小さなサンプルサイズで研究されるのが一般的です。小さいと有意にはなりづらいですが、検出力(有意差のあるデータを正しく検出できる率)も低下します。この論文では既存論文を調査し、少なくとも検出力はたった8〜31%程度しかないとされています(*3)。

さらに、2016年の研究では、脳画像データの分析に最も一般的に使用されるソフトウェアにバグ(最大70%の誤検出率)が見つかり、15年間に渡る3,500件近くの論文結果の妥当性を問うものとなりました。(*4)。

(*2)https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26158964
(*3)https://www.nature.com/articles/nrn3475
(*4)https://www.pnas.org/content/113/28/7900.abstract

脳画像の怪しい理由5「研究者のダークサイド」

脳科学リテラシー-研究者のダークサイド

脳研究者だけ限ったことではないですが、科学研究分野には、『論文を出すか、あるいは死か?(publish or perish)」という言葉があります。研究者にとっての成果は、一流の学術誌に研究論文が掲載されるかどうかです。そうでなければ、研究の意義は誰にも認められず、研究費を取得したり大学の教職に就くこともできなくなります。そのため、論文を出さないと死ぬのです。

学術誌間にも競争関係があるため、なるべく科学者の注目を集める記事を掲載して、掲載費や購読料を獲得していかないといけません。すると、再現性を研究した既に知っている研究ではなく、目新しさや革新性のある論文が重宝されるインパクト至上主義に陥りやすくなります。

世の中に発表される論文の偏りは、出版バイアスとして広く知られますが、論文を審査している人は正しく審査できているのでしょうか?論文を審査する人自体が研究者であり、ライバル関係になります。そんな中、何年も何億円もかけて取得した生データを提出するのでしょうか?この私物化されたデータを見ずに論文を審査しないといけないだけでなく、データを見たとしても、データ取得方法や統計的な調整などいくらでも操作できる部分があるため実質的には信じるしかありません。人間なのでミスもするし、誤った手法を統計的に正しいと信頼している可能性もあります。

サンプル数を少し増やしたり、都合の良いデータを選択することで統計的に有意にできそうな状況や、結果を見てから仮説を立てればロジックが通るような柔軟性が研究者にある中、人生の命運を握る学術誌掲載の可能性を蹴って、科学的な手法を一途に本当に重視できるのだろうかということです。そして、インパクト至上主義により、直接的な再現性を確認するための研究は自ずと少なくなり、検証されないまま他の研究の土台となる参考文献として使われていくのです。また、インパクトな話題は一般のメディアを通じて細部や制限を無視して更に誇張され、一般消費者の元に届いていくのです。

もちろん全てではないですが、このような科学に潜む不正行為への脆さは知っておいた方がよいと思います。

参考書籍

脳科学を科学的根拠にした書籍が多い中、警鐘を鳴らす数少ない本です。329ページ中、参考文献がなんと88ページも続き、作者のやる気がすごいですね(笑)ニューロマーケティング、神経法学、道徳的責任など脳科学の広がりと問題点を鋭く指摘する面白い一冊です。

第一線の研究者が、脳科学の実態と現場を批判的に解説しています。基本知識がなくても読めるように平易に記述されています。少し古めの本ですが、上記書籍の補助的ツールとして基本知識を得つつ、脳科学ブームの裏にある見解を学ぶのにオススメです。

まとめ

直感的に分かりやすいものは、良くも悪くも広がりやすいものです。そして広がりやすいものは市場があり、ビジネスやニュースにも活用されやすいです。そういうものこそ、懐疑心を持ち反証にも目を向けていくのが、真実に近づき騙されないための第一歩だと思います。「fMRIや脳画像によって証明されました!」この記事を読んだあなたは、ちょっと待てよとブレーキを踏むことができるでしょう。今後ますます広がっていくだろう脳科学。技術発展に期待しつつ健全な懐疑心を持って動向を楽しんでいきましょう!

ニーズがありそうでしたら、また書いていきたいと思います。
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