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聖書の原典テキストの入手方法とその活用


はじめに

この記事では聖書の原典であるヘブライ語やギリシャ語のテキストを読むための書籍やツールについて紹介します

そもそも原典とは何か

たとえばパウロがローマへ宛てた手紙を書いたとしましょう。口述筆記者がギリシャ語でパウロの話を書き留めます。これが原文テキストだとしましょう。その手紙は現代に残っているでしょうか? 残念ながら残っていません。聖書に関して言えば、こういった形での現筆テキストは一つとして残っていません。

パウロの手紙がローマに到着しました。もしかするとその手紙が周りの教会に回覧されたかもしれません。その場合コピーを筆写したりしたでしょうか。そうかもしれません。これは写本と呼ばれますが、元々の著作からそれほど経っていない、一世紀の写本というのはほとんど残っていません。

例えば、シナイ写本という四世紀ごろの冊子(codex)があります。これは旧約新約の内容を含んだギリシャ語の写本です。もはやこれはパウロの手紙の元々の形式ではありません。私信ではなく、それが何度も回覧され、筆写され、権威を帯びていったのち、ある種のコレクションの中に加えられた形で残っており、もはや手紙の宛先に含まれていない読者が読むことを想定されている文書です。

さて、古代のこと、コピー機や著作権といったものは存在しません。現存する写本はそれぞれに内容が異なっており、場合によっては意図的に書き加えられたり消されたりして現代に届いています。一体どれが原文を正しく伝えているでしょうか? そもそも、原文はきちんとどれかの写本に残っているのでしょうか?

多くの場合、これらの何百という冊子や断片を見る限り、ある部分ではある写本が原文に近く、また別の部分では別の写本が正しい、という状況になります。ですから、私たちはどれか一つの写本を見ることで原文を知ることは難しく、校訂本と呼ばれる、写本の情報から元々の本文をできるだけ復元しようとして編集したテキストを入手することになります。もちろんこの作業へてなお、原文にどれだけ近づいているかは未知数です。しかしとにかくこの校訂本を底本として現代語訳聖書が生まれます。このあたりからは日本語の問題ですが、私たちが聖書の原典と言う時、パウロの口述筆記をした原文のことを指すこともあると思いますが(cf. 「聖書は原典において正しく...」)、どちらかというと、この諸翻訳の底本になっている校訂本を原典と呼ぶことも多いでしょうか。手元にある翻訳聖書の序文を見て、何が底本になっているか確認してみましょう。

新約聖書のテキスト

Novum Testamentum Graece: Nestle Aland 28th Revised Ed. of the Greek New Testament, Standard Edition

ドイツ聖書協会が出版している、いわゆるNestle-Aland 28が新約聖書校訂テキストの現行デファクトスタンダードです。脚注に写本ごとの異同が記載されています。なお、27版の方が情報が豊富だという話を聞きましたが私は確認していません。

この本にはそれぞれの写本の具体的な説明は最低限しか提供されていません。また、異同があった場合にどう原文テキストを推測・選択していくべきなのかという技術的な問題については別の議論が必要です。それが本文批評(ほんもんひひょう)と呼ばれる分野です。

詳しくは上掲の本を読んでください。頑張れる人は英語でどうぞ。

旧約聖書のテキスト

さて、旧約聖書についてはさらに話がややこしくなります。ユダヤ教が保存してきたヘブライ語テキストの伝統はマソラーと呼ばれる形式において保たれてきました。しかし、キリスト教はそのギリシャ語訳テキストに長く権威を持たせてきました。

カトリック教会は一部、ギリシャ語テキストしか現存しない書物を旧約正典として認めています。ラテン語の写本との内容の差の故にラテン語からの翻訳も旧約に載っています。さらに正教会はそもそもギリシャ語聖書を原典として採用しています。プロテスタント教会は旧約についてはヘブライ語写本が現存しているものを正典としましたが、それでも書物の名前や順番は明らかにギリシャ語冊子が基本になっています。

詳細は上掲の本に譲りますが、ギリシャ語とヘブライ語の写本は、どちらも原文テキストを復元させるための読みを保持しているとされます。つまり、ギリシャ語写本は、元々ヘブライ語のテキストの翻訳でありながら、そちらの方が原典テキストに近い可能性が示唆されているのです。しかし、だからと言ってギリシャ語写本の読みから本来のヘブライ語原文テキストの読みを推測するのは困難で現実的ではありません。

そういうわけで、Biblia Hebraica Stuttgartensia、あるいはBHSはヘブライ語の写本の一つであるレニングラード写本を主体としてテキストを作りながら、脚注においては他の写本や古代訳(ギリシャ語、ラテン語はもちろん、シリア語アラム語コプト語などなど...)の読みを提供し、元のヘブライ語テキストを推測しようとしています。なお、Biblia Hebraica Quintaという新しい版が少しずつ刊行されています。

(2023/12/6追記:BHSの購入について)

さて、生粋のユダヤ学者である棚葉香蓮先生は、マソラーの伝統としてより正統的なアレッポ写本を基本にしたモサド・ハラヴ・クック出版のタナッハ(=ユダヤ教の文脈における聖典の呼称)を使いなさいとおっしゃっていましたが、ついに私はそれを入手していません。先生ごめんなさい。

ギリシャ語とラテン語の校訂本も貼っておきますが、翻訳である以上、ただ一つのテキストに由来する、ということはできないと考えていいでしょう。時にかなり違う読みが併存しますし、校訂もたくさん存在します。これはあくまで選択肢の一つです。たくさん写本情報を載せているものを選びましょう。

ネットの情報

ドイツ聖書協会は校訂テキストの本文だけ(BHS, NA28, LXX, Vulgataなどなど)をネットで公開しています。写本ごとの異同が必要でないときはここで見られますので、参照しましょう。

あと、写本を生で見たい方はぜひ写真で見ましょう。雰囲気を掴むのも大切なことです。

おわりに

インターネットのおかげで誰でも簡単に原典テキストへ肉薄できる時代になりましたが、遠升あきなさんも「ようやくプロテスタント教会の前提が担保された」とおっしゃっていました。ぜひ聖書の原典に触れて言葉を味わってみてください。

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