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【バンコク/ タイ】ソンクラーンとCHANELと幸せ

「痛っ!!」

思いっきり転けた膝から久しぶりに見るグジュグジュの傷。その傷を見ながら思った。

私、こんな異国の地にまで来て何やってるんだろう。


タイ、バンコク、2011年4月。
なんでタイを選んだのかすら、もはや覚えていない。あぁ、そうだった、なんとなく「旅行に行こう!どうせ行くなら海外だ!」とその足で向かった旅行代理店で勧められたのがタイだったんだ。それは私にとって2ヶ国目の海外。パスポートを取得して2年目の春だった。

「ちょうどその時期ソンクラーンというタイの大きなお祭りがありますよ!」

「ソンクラーンテナニ?」
と脳内ハテナ状態の私に、カウンター越しのお姉さんが教えてくれる。「水を掛け合うお祭りで、毎年タイの旧正月に行われるんです」

正直あまりピンとこなかった。
けれどこんなにタイミングよくお祭りと旅程が合う事なんてきっとそうそうない。私はその場でタイ行きを決めた。


そして2ヶ月後。4月のバンコクは暑かった。もわっとする熱気と独特の匂いがあって、異国に来たという実感が自然と湧く。「タイで一番暑い時期なので、水を掛けあって涼む為のお祭りとも言われてますよ」と言っていた旅行会社のお姉さんも強ち嘘ではないかもしれない。

ソンクラーンの期間、バンコクの街は場所によっては歩行者天国になる。まるでクラブだった。道路がダンスフロアのように変わり、ガンガンになる音楽と隙間がないくらい埋め尽くされる人、人、人。そしてその中でみんなでびしょびしょになるまで水を掛けまくる。

それは私の想像を超えた大きなお祭りだった。

そして私は今、そんなクレイジーなお祭りに沸くバンコクの路地を走っている。ちょっと油断をすれば容赦なく桶に張られた水と水鉄砲で襲ってくるたちの老若男女のタイの人々。
綺麗にセットした髪も、この旅行の為に用意したサマードレスも、お気に入りのCHANELのサンダルも、絶対に絶対に絶対に汚したくない!!そして日本語が通じないタイの人々と一緒に水を掛け合うなんて、海外旅行初心者の私にはあまりにもハードルが高すぎる。透明とは言い難いその茶色の水は衛生的ですか?口に入っても大丈夫なんですか?そもそも私は水を掛け合うお祭りを見に来ただけで、自分が参加することなど頭の片隅にもないんです!

けれどタイ人にとってはそんな私の考えは通用しなかった。例え言葉の通じない外国人であっても、同じ空間を共有する者はソンクラーンを一緒に楽しむ仲間だったのだ。自分が強制的に参加させられるという想定外の現実に戸惑いながら、ただ濡れたくないというその一心で襲ってくる水から全力で逃げるしかなかった。

しかし、私の思いとは裏腹に足は早く回転してくれなかった。結局子供達の水鉄砲から逃げ切れず、私はそれはそれは盛大に転けたのだった。

私、こんな異国の地まで来て何してるんだろう。

血が滲んだ傷口。
仕事を頑張ったご褒美に買ったCHANELのサンダルはドロドロになっていた。悲しくて悔しくて‥私が一体何をしたというのだ。

ケラケラ笑う声がして見上げた先には、水鉄砲を持ったタイの子供達がいた。まるで私と遊んでいるかのような、ただただ純粋に水を掛け合う事を楽しんでいる屈託のない笑顔。ソンクラーン楽しいね!そんな笑顔だった。

なんて楽しそうに笑ってるんだろう。

びしょびしょに水を掛けられたとか、怪我したとか、大切にしてたCHANELのサンダルを汚されたとか、というかこのサンダル、10万円したんだからね!とか、どうしてくれるのよ!とか、そんな負の感情がすっと消えた瞬間。今でも覚えていて、代わりにやってきた感情がこれだった。

私、こんな異国の地まで来て何してるんだろう。

せっかくタイにまで来て、ソンクラーンに参加できるチャンスがあるのに、私はCHANELのサンダルを守る事に必死になっていて、そして今はそれがひどくバカバカしい事に思えた。私にとってこのCHANELのサンダルはとっておきのお洒落アイテムで、だからこそタイに履いてきた。このキラキラしたサンダルは私をとても幸せにしてくれた。だけど、そんなキラキラしてる物を持ってる私より、この子達の方がキラキラと輝いて幸せそうに見えた。

よし!

そのままお祭り騒ぎの群衆の中に飛び込んだ。こういうのは勢いが大事だ。一瞬でも頭で考えると、その一歩がものすごく高いハードルになるから。

いつから変わってしまったのだろうか。子供の頃のお祭りの思い出の真ん中にはいつだって自分がいた。いつから楽しむものから観るものに変わってしまったんだろう。

あれだけ高く感じていた”参加する”というハードルなんて一度飛び越えてしまえばなんて事なかった。
水に濡れる事も、言語が違う者同士がコミュニケーションを取る事も頭で考えずに心のままに行動すればいい。

この日、電池が切れるまで水を浴び続けた。
髪からも服からも水が滴っていた。もちろんCHANELのサンダルはさらにドロドロ。壊れなかったのが奇跡。帰ったらクリーニングに出そう。どこまで綺麗になるかわからないけど。

でも不思議と私は今心地よい疲労感に包まれながら、とても幸せだ。きっとそれは新しい幸せの形を見つけたから。私の見てた世界は実はとても小さな世界で、外はもっと広いこと、そして幸せは自分次第で見つける事が出来ること。

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