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渡仏して10年以上、自分を失い、うつ病から🇫🇷夢を叶え自分からしく生きる今

はじめまして😊
南フランス🇫🇷マルセイユ在住のソムリエのYOKOです。簡単ではありますが
今までの経歴を簡単に説明致します。
フランスにワインの勉強に渡仏して早いもので10年以上が経ちました、、、ビザを取得するために
修業時代も長かったので正直、もう覚えていません(笑)


ワインに詳しい方なら分かるかと思いますがソムリエなのに何故?
マルセイユに住んでいるのと不思議に思う方もいるかと思います。

1.マルセイユに住んでいる理由

マルセイユはワイン産地ではありません

昔の私でしたら100%マルセイユに住むことを選択する事はなかったです。というのもフランスの同僚からマルセイユは危ない場所だから行かない方がいいとも言われていたしワイン産地では無かったからです。

【✨必然の運命✨】
ですが運命という必然の出会いがあり導かれた感じです辿りついたのがマルセイユ♪
今は凄く快適でマルセイユが好き過ぎて💕マルセイユの魅力を発信するTwitterもしています。

↓↓↓
クリックで見れます
https://twitter.com/marseille_life

【封印した過去・・・】
今は過去の記憶は封印しております。
渡仏した時はモンサンミッシェル、星付きレストランのソムリエとして
ロワール、ブルゴーニュ、パリなどで働いておりましたが正直、修業時代は大変辛く、思い出したくない
過去です。

世界遺産モン サン ミッシェル

《うつ病を発症》


修業時代の後半は自分でも気づかないうちに、うつ病を発症し自分で自分の感情がコントロールができなくなっていたので本当に辛く苦しい毎日でした。なので、この封印が解けるまでは修業時代について語ることは控えさせていただきます。まだ昔の事を思い出すと心の傷が
ズキズキするので、しばらくは語れなさそうです。

《地元、北海道で休養》


私はどんなに苦しい時でも日本に帰る事は全く考いませんでしたが唯一、うつ病を発症して治すために
地元、北海道に帰りましたがフランスのビザの更新が
一年に一回あり最低3カ月前には働いて更新しないといけないという法律があるので半年で自力で治しで
渡仏をしました。

大好き北海道😊私の仲間が沢山いる地元です

うつ病の症状は人様々ですが私は心の病気だと
思っています。
なので病院に行き薬をもらう方もいますが私は自分と向き合い心を整えるようにしました。修業時代に感情を抑えていたのが爆破して毎日、泣いたり怒ったり感情を抑えず自由に開放して感情を出し切りながら少しずつ回復して本来の自分を取り戻す事ができましたが本当に
毎日、泣いていました。
もちろん地元で支えてくた家族と仲間がいたからこそ半年という短期間で完治したと思っております。

南仏エクサンプロヴァンス

《うつ病から回復して再度、渡仏へ》


うつ病が回復した後に渡仏した場所は南フランス
エクサンプロヴァンスです。
住んだ事がない地域で1からスタートしたく探していたら南フランスの寮付レストランの募集をみてフランスの労働ビザを持っていたら働けるという事で直ぐに応募して渡仏しました。

ロゼワインアンバサダーとして活動中

《プロヴァンスワインの出会い》

そこで出会ったのがプロヴァンスワインとロゼワイン
プロヴァンスワイン=ロゼワインだと思う方は多いかと思いますが白も素晴らしく赤は熟成して力を発揮するワインも多く、そのワインの特徴をしっかり認識していないと扱うのは難しいワインだと思いましたが、だからこそ魅力にハマっていきました。
うつ病を発症する前はフランスの北に住んでいたという事もありますが当時は有名産地ばかり巡りプロヴァンスワインやロゼワインに関しての興味も知識もほぼ
ありませんでした。
ですが現地で飲むワインの美味しさに感動して、そこからプロヴァンスワインの畑と生産者さん巡りがスタートしましたが地図にない小さな生産者さんが多く、まだまだ知らない生産者も多いので今年はたくさんの生産者さんに会いに行きたいと思っております。

《パリに移住》

パリの生活へ

皆様、ここから隣街のマルセイユに移住すると思っているかと思いますが(笑)違います。エクサンプロヴァンスに住んでいましたがマルセイユに行くことはなく駅で乗り換える程度なので街は見ていませんでした。私は、この後はパリの星付きレストランで働く事を選びパリに行きましたが、この時代も、まだ自分を見失っていました。フランスに移住するための永住ビザを取得するためだけに働いていた感じです。永住ビザ取得については、また今度お話致します。

外国人がフランスで自由に好きな事で生活する事は、この永住ビザがないと難しいです。なのでフランスで自由に生きる事を目標に毎日、働いていましたがパリの生活や仕事は私には合わず、うつ病が回復はしておりましたが楽しいと思った事はなく、気持ちを抑えて我慢していたので辛い日々でした。

《マルセイユとの出会い》


その時に以前、プロヴァンスに住んでいた時にマルセイユ在住の友人と出会っていたので気晴らしにマルセイユに行ってみようと思ったのが始まりです。

休みの日にマルセイユへ
そして初めてマルセイユに行き見た景色の美しさに感動して一目惚れをしてしまいました。
今まで内陸ばかりに住んでいたので海を見るのも久しぶりというのもありますが壮大な美しい海と空の圧巻の
景色にただ感動

マルセイユは美しい青い海と空がシンボル

以前、同僚に言われた危ない街という概念は全くなく今も住んで5年以上ですが危ない目に合ったことは一度もなく、ただ住みやすいです。
移民の街なのでインターナショナルです。なのでフランスにいながら世界中の人に出会えますし外国人になれているので私のようなアジア人にも優しい。

他の地域ではアジア人差別も受けた事があるので少し
トラウマです。

私がマルセイユで働いたレストランの同僚も他国籍で
イタリア、スペイン、ドイツ、コソボ共和国、インド、南アフリカ、チベットなど
もう喧嘩も沢山ありましたが楽しく勉強になりました。
この話は、また今度書きます。

【教訓】
人の噂は信じるな!!自分の目で見て確かめろ!!
という事をハッキリ学んだ日にもなりました。

一目ぼれした景色と移民についての説明はYouTubeで紹介しておりますので、ご欄下さい。 
サイトは後半に添付してます
(すいません、なかなか更新できていません)

そこから私の行動は早かった!!
パリの仕事をやめて直ぐにマルセイユに移住するために移動しました。
ただ仕事は決まっていなかったので仮住まいのアパートホテルで住みながら仕事探しをしましたが
まぁ~見つからない。

パリだと日本人が働ける仕事は沢山あるので仕事に困る事はないですがマルセイユは元々、日本人も少ない街なので日本人のソムリエを雇うメリットは何もないので事前に30通以上送った求人の返信はなし。

ビザを更新するには正社員ではないと更新ができなかったのでバイトなら大丈夫と言われるばかり。
正社員でフランスで日本人がソムリエとして働く事の難しさを痛感した時でした。

なので履歴書を持ってレストランやホテルを一つ一つ回り70件以上行きましたが見つからず、、、
ただ私には、こだわりがあり日本食レストランだと比較的、日本人を雇ってもらえますが日本食レストランに頼る事はやめて、あくまでもフランスのソムリエとして
雇ってもらえるレストランを探していたので見つかる訳もなく今、思えば無謀でした(笑)

そして80件以上回って見つからない時に、とうとう心が少し折れてアイスクリームを買って一目ぼれした景色の場所でボーと途方に暮れてたら電話がなりました。

マルセイユは船の街

《諦めなければ叶います》

あなたを正社員のソムリエとして雇いたいので今、直ぐにレストランにきて欲しいと、、、
持っていたアイスクリームを丸のみする勢いで食べ走ってレストランに向かった事は今でも鮮明に
覚えています。

ここから私のマルセイユ生活がスタートしますが、、、
また詳しくは少しずつ記載をしていきます。

今はマルセイユに出会って人生が変わり、この街に住めて本当に幸せで大好きです。やっと自分らしい生き方を見つけ今は永住ビザも取得して自由に好きな事をして
生きています。 
道のりは長く険しかったですが、、、

ハッキリいいますが凄く苦労して超えた先の景色は素晴らしかったです。なので心が折れる時もあると思いますが夢を諦めければ必ず叶う事もお伝えしていきたいです。
今は私がやりたかったワイナリーで働きながらワイン畑を巡ること葡萄畑が大好きです畑探家とも活動をしておりますので、これからフランス生活。マルセイユ暮らしの事やワインについて記載しますので見て頂けましたら幸いです。

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