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note69: ニューヨーク(2011.9.30)

【連載小説 69/100】

20日間滞在したニューヨークのラストナイトはどこで過ごそうかと考えて昨夜はエンパイア・ステート・ビルディングを訪れた。

このビルの86階にある屋外展望台からは、窓越しではなく直接ニューヨークの街を360度で眺めることができるのだ。

「SUGO6」の旅では香港やシンガポール、ドバイで摩天楼の夜景を見てきたが、さすがは800万人を抱える米国最大の「眠らない街」だけあって格が違う。
眼下に広がる光の海はビジネス、文化、ファッション、エンターテインメント等々の諸要素で構成される文明の極地たる“きらめき”だった。

そういえば、若い頃の僕にとってニューヨークは銀幕の中に存在する特別な舞台だった。

70年代後半は膨大な数の映画を見たが、マーティン・スコセッシ監督がロバート・デ・ニーロと組んだ『タクシードライバー』や『ニューヨーク・ニューヨーク』、ウデイ・アレンのお洒落なコメディ『マンハッタン』や『アニーホール』など、ニューヨーク舞台の作品の数々が思い出に残っている。

その中でも最も強烈なビジュアルイメージを植え付けられたのが『キングコング』。
そう、人類の所業に怒った巨大なコングがエンパイア・ステート・ビルディングの外壁をよじ登り、飛行機からの射撃で最期をとげる有名なシーン。
1930年代を描いた作品の中で、この高層ビルは既にニューヨークの街に近代化の象徴としてそびえ立っていた。

実はこのエンパイア・ステート・ビルディング、「世界一高いビル」の称号を目指して米国が1931年に竣工後1972年に「9.11」の標的となったワールドトレードセンターのノースタワーが完成するまで世界一の高さを誇るビルだった。

その後世界一高いビルはシカゴ→台北→ドバイと移り変わったが、「9.11」のワールドトレードセンター崩壊以降、再びエンパイア・ステート・ビルディングがニューヨークでは最も高いビルになっている。
※現在建設中の新ワールドトレードセンターが2013年に完成すると、再び「ニューヨーク一番」となる。

ところで、「エンパイア・ステート(=帝国州)」はニューヨーク州の異名でもあるが、この「帝国」は極めて意味深なワードである。

そもそもアメリカ合衆国はイギリスの帝国主義に対抗して1776年に独立建国された「自由の国」である。

そのアメリカが東西冷戦後、世界一の経済&軍事大国として事実上「帝国」の地位に収まり「American Empire(=米帝)」と呼ばれるにいたったところに国家的矛盾が存在するのだ。

結局「9.11」から10年を経たアメリカが何か明確な“答”を見つけたようには思えないが、そこには建国の意志と積み上げた歴史の間に生まれたジレンマがあるのだろう。

さて、今日の最終便でマイアミへ移動することになった。
最期にもう一度マンハッタンを歩いてワールドトレードセンター跡地のグラウンド・ゼロ近くでこのレポートを打ち込んでいる。

晴れ渡った初秋の空をバックに、界隈に林立するビル群は陽光を浴びて輝き、その影となる街路には涼しい風さえ吹いている。

近代化や文明化には“光と影”がつきまとうと言うが、高層ビルはそれを象徴するかのように、僕たちの世界に“明”と“暗”を提示する。

10年前にこの地にそびえ立っていた2棟のビルは、アメリカの発展を具現化する目映い“光”から瞬時にして全人類を闇に導く“影”に転じた。

そしてゼロリセットされた跡地には今や光も影も存在せず、あるのは“空(くう)”のみだ。

次にニューヨークを訪れる時、僕はここにアメリカの築く新たな“光”を見るのだろうが、そこには必ず新たな“影”も生まれているということなのだろう。
歴史は繰り返されるのだ。

残念ながらニューヨークに“世界の未来”を探した僕も“答”を見つけることはできなかったが、マンハッタンの雑踏の中で漠然とこう感じている。

光と影を縫って進むのが人類文明であり、それは個々の人生や旅にも通じているのだと。

>> to be continued

※この作品はネット小説として2011年9月30日にアップされたものです。

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