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note65: ニューヨーク(2011.9.21)

【連載小説 65/100】

昨日・今日とホテルの部屋に籠って、たまっていた仕事を集中してこなした。
電子書籍の編集作業、某旅行誌の東南アジア企画構成プラン、ネットニュース向けのコラムが3本、といった内容だ。

世界一周の旅は他の仕事を放り出して出かけたのではなく、レギュラーの仕事はネットワークを通じて継続して引き受けているから、時に集中作業の日を設けている。

旅立つ前は周囲に迷惑をかけないか多少の心配もあったが、僕の仕事の殆どはひとりで構想を練ってテキストを打ち込む作業だからパソコンとネットワーク環境さえあればどこでも出来る。

時に編集者やメディア関係者との対面打ち合わせも必要だが、そちらはFaceTimeかSkypeで事足りるのだ。

“在宅勤務”ならぬ“在旅勤務”で成り立つのが21世紀のトラベルライター稼業ということになるが、そこには以前なら不可能だった精度の高い調査活動を旅の途上でこなせるようになったITの進化も大きく影響している。

トラベルライターにとって情報は命である。
対象となる旅先は同じであっても、関わるメディアの種類と案件によって調査内容は歴史や文化であったり人物や史実であったりと様々で、情報収集にかける時間&コストは多いに越したことはない。

駆け出しの頃は図書館にこもって文献を片っ端から読み、専門家や学者を探し出してインタビューを重ね、とにかく下準備には時間をかけたものだが、今や快適なネットワーク環境さえあればネット検索とクリッピングで広範なデータにアプローチ可能だし、ソーシャルメディアで構築した人脈を使えば専門家の意見もたやすく入手することができる。

つまり、効率よく準備作業を行い、より多くの時間を“現場”にさくことができるようになったのがトラベルライターにとってのIT革命なのである。

そんな時代ゆえに事前調査活動で能動的に入手する情報に加えて、“現場”で受動的に得る情報も極めて重要になってくる。

“机上”で得るストック情報は万民に開放されているが、“現場”で獲得できるライヴなフロー情報はその場に居る者だけのものだからだ。

例えばニューヨークに滞在している旅人の僕が肌身で感じているアメリカの“今”と“これから”は日本に暮らす人々とかなり異なる実感だと思う。

「9.11」後10年の節目を迎えたニューヨークは心配されたテロ再発もなく厳戒態勢も解かれて、街は従来の活気と喧噪を取り戻している…という漠然とした情勢は日本にも伝わっているだろうが。

が、ホテルの部屋でCNNにチャンネルをあわせ、早口のキャスターが語る内容を毎日のように見ていれば語学スキルは低くとも何が次なる課題としてこの国を試そうとしているのかが次第に見えてくる。

街角のカフェでビジネスマンが交わす会話やニュースペーパーの見出しなどの断片的な情報も含めて注意深く周囲を観察していれば、今ニューヨークで連呼されているキーワードがあるからだ。

具体的に言えば「パレスチナ」。

国連に国家として加盟申請を目指すパレスチナ自治政府の動きに対してアメリカ政府は極めてナーバスになっている。
あっさり認めてしまえば中東地域における影響力低下が避けられず、同盟国イスラエルとの関係が悪くなる。
反対するとオバマ政権が重要課題として掲げてきた和平交渉が袋小路に陥る。

加盟申請の予定日は明後日の23日。
アメリカは事前交渉で申請そのものを阻止するのか、それとも常任理事国として拒否権を発動するのか?

何れにしてもパレスチナ問題は、ポスト「9.11」の新たな試練としてアメリカにのしかかっている。

この先アメリカはどうなり、世界の力学バランスはどう変わるのだろう?
そして日本はグローバル社会にどう立ち向かっていけばいいのか?

そういえば[note62]に記したが、ニューヨークに来るUncle-Tomに明後日会うことになった。

彼なら何かヒントをくれるかもしれない。


>> to be continued

※この作品はネット小説として2011年9月21日にアップされたものです。

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