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note87: パタゴニア(2011.11.30)

【連載小説 87/100】

「6ヶ月、パタゴニアに行ってきます」

今から約40年前、そんな電報を残して英国からアルゼンチンを目指したひとりの男がいた。

処女作『パタゴニア』が米英の名だたる文学賞を受賞し、時の人となった若き旅行作家ブルース・チャトウィンである。

1940年生まれのチャトウィンは美術品・骨董品のオークションで有名な「サザビーズ」に入社し最年少でディレクターに昇格するも「世界を旅したい」との思いから職を辞し『サンデー・タイムス』のジャーナリストを経て作家となった経歴を持つ筋金入りの“旅人”である。

サマセット・モーム、アーネスト・ヘミングウェイ、ロバート・ルイス・スティーヴンスン等々、僕にはその生き方に憧れ数々の作品にインスパイアされてきた作家が少なからず存在するが、後半生を濃密な創作活動に懸けたブルース・チャトウィンもそのひとりである。

実は彼のことを知ったのは1989年。
将来を期待されながらも旅の途上で患った病によって48歳で夭逝した彼のニュースを知り1977年に発表された『パタゴニア』を読んだ。

彼が遺したのは南米や西アフリカ、オーストラリアなどを舞台とした小説わずか6作品だったが、少ないがゆえにそれらは世界中の旅を愛する人々に強く支持されている。

そういえば昨年、彼の遺作となった『ソングライン』を読んだが、オーストラリアを舞台にアボリジニの伝説を追う壮大な物語は魂を揺さぶられるような秀作だった。

そんな「パタゴニア」という土地について解説しておくと、南米大陸の南緯40度付近を流れるコロラド川以南の総称で、アルゼンチンとチリの2カ国にまたがる広範な地域を指す。

命名の歴史は大航海時代の冒険家フェルディナンド・マゼランの時代にさかのぼり、1520年に世界一周の途上に同地を訪れたマゼランが先住民を「パタゴン」と名付けたことから“パタゴン族の住む土地=パタゴニア”となった。

この「パタゴン」は極めて身体の大きな民族だったらしく、普通の人間の2倍は背丈があるという巨人伝説がその後200年以上にわたってヨーロッパに残っていたらしい。

もっとも、僕が昨日まで滞在していたサンタ・クルス州にある世界遺産「ラス・マノス洞窟」には紀元前550年頃と推定される無数の手形による壁画が残っているが、その手のサイズはこどもの掌の大きさほどだったから巨人伝説は疑わしい。

航海者の流言と未知なる大陸の神秘さがリンクして、大衆の中でパタゴン族が“巨大化”したのだろう。

さて、今日ブエノスアイレスに戻った僕は明日次なるデスティネーションに旅立つ。

前回のレポートで今後の旅のルートを披露する約束をしていたが、あえて行き先は記さずに旅立つことにする。

“偉大な人物の生涯を視座に世界や歴史を再見する”ここからのスペシャルツアーは、リアルタイムで旅行記をお楽しみいただくほうが面白いと判断したからだ。

日本に帰国するまでの40日間の行程はすでに立案してPASSPOT社に提案し、エアラインや宿泊、現地コーディネート作業の準備に入ってもらっている。

ブルース・チャトウィンの作品には遥かに及ばないだろうが、南米からオセアニアにいたる物語のような紀行録を残したいと思う。

>> to be continued

※この作品はネット小説として2011年11月30日にアップされたものです。


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