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095.自然の中にある文明

2003.12.9
【連載小説95/260】


1991年9月、米国アリゾナ州トゥーソンの町から車で1時間ほどの砂漠地で一大社会実験プロジェクトがスタートした。

プロジェクト名は「バイオスフィア2」。

面積が13000平方メートル弱という巨大な温室のごとき建造物の中に「ミニ地球」とでもいうべき生態系準備する。

そこを外部社会と切り離して密閉し、8名の男女が原始共産的な労働生活を重ねながら様々な研究を行う…

そう、このプロジェクトが目的とする学問的領域は「エコロジー」。

共生する多数の動植物同様に、そこに暮らす人間もまた自ら実験生命となって、空気や水をリサイクルさせ、2年という長期間を過ごすのだ。

総額1億ドルともいわれた大事業の運営母体はSBVというヴェンチャー企業で、研究機関でありながら観光客をも誘致するという、いかにもアメリカ的で派手なプロジェクトであった。
(ちなみに、「バイオスフィア2」という名称は、このプロジェクトが2回目という意味ではなく、本物の生態系である地球を「バイオスフィア1」と捉えた上でのネーミングである)

大きな注目を集めた同プロジェクトは、完全な自己完結を目指しながら、途中で大量の空気が注入されたことや、エコロジーを謳いながらも、その背後で化石燃料発電による冷房を行っていたこと、やや強引な宣伝活動を展開したこと等、一部の批判もなされ賛否両論飛び交う中、1993年9月に第1回実験の幕を閉じた。

そして、この企画を追跡する当時のメディア担当者・ジャーナリストの中に我々のよく知る女性がいた。

トランスアイランドの環境エージェント、ナタリーである。

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前回報告した「2周年会議」に関する詳細解説。
その第1弾として、ナタリーの構想による「オーガニック・ゼミナール」事業を紹介しよう。

まずは、多忙だった彼女の2003年を振り返る。

3月までは環境博物館の研究と食のオプショナルツアー運営。
第53話に詳しい)

5月にマーシャルへ渡って珊瑚礁保全に関する講演。
第62話参照)

6月にドイツで開催された国際捕鯨委員会の会合に参加後、ケンブリッジで調査・研究活動継続。
第76話で紹介)

11月後半に、ちょうど現在開催中のCOP9(気候変動枠組条約第9回締約国会議)の事前取材でイタリアのミラノへ飛び、2日前にトランスアイランドへ戻った。

もちろん、これらだけではなく、彼女はその間にも数カ国から環境問題会議へと招聘されたり、各種メディアからの執筆依頼をこなしたりしているわけだから、本当に多忙な人なのである。

そんな彼女も、年内は「2周年会議」以外の作業には携わらず、休暇をとると聞いたので連絡をとり、今日久しぶりにカフェアイルであれこれと語り合った。

そこで話題になったのが「バイオスフィア2」の話だったのである。

実は、ナタリーがコミッティからトランスアイランドの環境エージェントと環境博物館長就任のオファーを受けた際に真っ先に思い浮かべたのが10年前に取材した、この社会実験のことだったらしい。

確かに、「バイオスフィア2」とトランスプロジェクトには共通する点が幾つかある。

●特定の国家や公的団体を母体としない個人や私企業による計画であること。

●プロジェクトの主体たる組織は、ベースを整備するが、その後の運営を成員に委ねていること。

●限られたコミュニティの中で様々な実験が行われていること。

●のどかに見える空間に対して、背後で各種テクノロジーがそれを支えていること

等々だ。

ナタリーがコミッティの申し出に対する返答を少しためらったのは、「バイオスフィア2」を取材した際に感じたある種の違和感のようなものが心に残っていたからだという。

得られる成果が他では得ることのできないものであったとしても、そこに人工の虚構性があっては自らの専門分野であるエコロジーの基本思想にそぐわないとの思いの強かった彼女は何度もプロジェクトの中身とコミッティの目指す思想部分を議論した結果、島への移住とエージェント業を快諾した。

で、開島以降の時間を振り返ってみての彼女の心中にあるのが、予想をはるかに超えて有意義なプロジェクトに参加できたとの実感、そしてその思いを「2周年会議」に向けて集約させたのが「オーガニック・ゼミナール」なのだ。

具体的なイメージとしては、観光産業とタイアップした自然体験型のワークショッププログラムになるそうで、環境博物館の一部を能動的学習スペースとしてツーリストに開放し、海洋生物や渡り鳥・南洋植物といった自然観察はもちろん、島におけるオーガニックな食材や日用品の生産から消費へ至るプロセス、さらには島におけるライフスタイルの思想的な部分までをテーマ細分化し、参加する個々人の活動やレポートを蓄積していくことになる。

個々の活動は短期の滞在では完成されるものではないので、同一テーマ選定者の共創活動として時間的リレーを行いながら蓄積していく。

また、一度参加したツーリストはメンバーとして登録され、離島後もネットワーク上でテーマ研究の進捗をチェックしたり、島外協力をしたり、各種調査にモニター参加することができる。

加えて、トランスアイランド側にしてみれば、新たなツーリストマーケット開拓に加えて、リピーター獲得の可能性も広がるというわけだ。

当初は交流各国の教育機関やNPOとの連携でスタートし、参加者個々の情報発信から次第にその輪が広がっていけば望ましいと、ナタリーは考えている。

知恵と友情の有機的ネットワークに期待したい。

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「バイオスフィア2」とトランスアイランド。

それらのどこがナタリーに違和感と満足感を与えるのか?
似て異なるふたつのプロジェクトを分けるポイントとは?

ナタリーとの会話でその答は簡単に導き出せた。

その舞台性と継続性で見れば明らかなのである。

一方は人工の要素が強く、期限付きのプロジェクト。
もう一方は大いなる自然の中で淡々と続いていく。

つまりは、「文明の中にある自然」と「自然の中にある文明」の違いなのだ。

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

世界最大の閉鎖生態系といわれた「バイオスフィア2」の失敗原因についてネット上には様々なレポートがアップされていますが、その大半は人間側の集団心理によるものです。

「閉鎖系」というコンセプトそのものに無理があったのは当たり前のような気がしますが、宇宙船や潜水艦など人類には付き合わなければならない閉鎖空間があります。

僕が今の仕事とライフスタイルを選んで生きてきた背景には会社や国家などの閉鎖系組織に合わないことを子供の頃に実感したからでです。

当時、少しは改善されているだろうと期待した2020年代の今、世界のベクトルは開放より閉鎖系です。

『儚き島』で僕が提唱した「ブルーイズム」という概念は、青い空や海を共有している僕たち及び属する組織や国家がコモンズエリアの継続を意識することで、楽観的な未来を目指そうというものでしたが、現実は厳しいものです。

バイオスフィア2のプロジェクトにはロシア科学アカデミーが貢献していたというような記述を見ると、今では不可能なスキームです。

Wikipediaによるとバイオスフィア2は現在事前予約制で一般見学を受け付ける観光施設になっているとのこと。
アリゾナな広大な大地で開放系の博物館として成立していることがせめてもの救いなのかもしれません。
/江藤誠晃

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