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note39: タシケント(2011.6.30)

【連載小説 39/100】

かつて日本でシルクロードが一大ブームになったことがある。

NHKのシリーズ・ドキュメンタリー番組『シルクロード』は確か1980年代前半の番組で日本と地中海世界をつないだ歴史的な交易路を追う旅番組は社会現象といってもいいほどの人気を博した。

当時高校生だった僕にとって海外はまだ遠く、異国への興味も薄かったから番組そのものをどれほど見ていたか不確かであるが、同時期にヒットした「異邦人」というシルクロードをテーマにした曲のことは鮮明に覚えている。

それまでの日本の音楽界では聴かなかったジプシー音楽風のメロディーと吟遊詩人が歌うかのごとき歌詞は、聞く者全てにシルクロードや中東エリアに対する獏たるイメージを抱かせた。

そして、ウズベキスタンの旅に自ら課した「シルクロードの中継地として栄えた国の魅力を簡潔に解き明かしレポートせよ」というミッションを受けて各所を巡る中で僕の脳裏に蘇ってきたのが「異邦人」のメロディーなのだ。

記憶の引き出しというのは面白いもので、何かがトリガーとなって鍵が空くと中身が続々と飛び出してくる。
何度もメロディーラインを追うことで、30年近く聴いたこともないはずの曲の歌詞が僕の中でかなりのレベルで再編されたのである。

「過去からの旅人を呼んでいる道」

その中にシルクロードを指してこんなフレーズがあったのだが、前々回レポートしたようにイスラムの幾何学的模様に“捕らわれの身”になった僕を無事迷宮から脱出させてくれたのがこの一節だった。

“旅してきた”のではなく“迷い込んだ”という表現がふさわしいウズベキスタンの街には「旅など止めにしてここに居着いてしまおうか…」と旅人に思わせるほどの誘惑性がある。

迷路の楽しさを知ってしまえば、そこから脱出するという本来の目的を忘れて迷路の中に居続けることが快感になるのだ。

何かの理由を見つけなければここを出て旅を前に進めることはできないな…と考えていたところに蘇ってきたのが「過去からの旅人を呼んでいる道」という、まさに迷路から脱出するためのヒントだった。

シルクロードを旅する人が“過去”から呼ばれてやって来たエトランゼであれば、その中継地であるウズベキスタンは“現在”であり、進む先は“未来”ということになる。

人は“今”が幸福であれば時間を止めてしまいたくなるものであるが、所詮それはかなわぬこと。
過去から現在を貫いて未来へ続く一本道を進む旅人は迷うことがあっても捕らわれてはならず、ゴールに向けて一歩ずつ進むしかないのだ。

それでもイスラム建築の模様を見ると「もう一日」との誘惑が沸き上がってくるのだが、視線を青い空に移して次なる目的地に思いを馳せれば、迷宮から抜け出す鍵を手にしていることに気付く。

世界一周の旅はまだ半分も進んでおらず、先々には魅力的な国と都市が待っているではないか。


さて、約束どおりミッションに対する調査結果の報告をしなければならない。

「ウズベキスタンの魅力はその迷宮性にあり。ただしその幾何学模様に捕らわれてはいけない」

旅する探偵?の僕が導きだした答である。

>> to be continued

※この作品はネット小説として2011年6月30日にアップされたものです。

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