124.神話共創
2004.6.29
【連載小説124/260】
トランスアイランドの夜20時30分。
この時間はほぼ100%の晴天率だ。
80%に近い確率で降る夕方のスコールが一日中陽光を浴び続けた地面の熱を冷まし、空気を浄化してくれるから星空観測に最高の環境が準備される。
今夜も人気プログラムとなったスターライトビーチの「ストリームライヴ」に多くのツーリストが集まってくる。
その中にはNWヴィレッジのプラネタリウムを体験した直後の人もいるはずだ。
スターライトビーチ。
このプログラムの開催地としてSWヴィレッジとSEヴィレッジの中間にあるこの場所が選ばれたのには幾つかの要因がある。
島内においても人工の明かりの影響が最も少ない場所であること。
三日月型に湾曲したビーチが、集う人々にとって劇場的空間を演出していること。
南向きゆえに正面に南十字星が見え、プラネタリウム同様の着座ポジションが可能であること。
満天の星空を閉鎖的なドームに再現するプラネタリウムという仕掛けの発展型として、再度自然の中に人々を連れ出し、実際の夜空を見上げてライヴプログラムを展開する計画に、これ以上相応しい場所はなかったのである。
柔らかい夜風に混じるジンジャーの花の甘い香り。
静かに聞こえる打ち寄せる波音と椰子の葉が擦れ合う音。
それらに包まれて、参加者は銘銘砂浜に座ったり寝転んだりして開演を待つ。
そして、彼らの手にはひとりに一台ずつ携帯端末「nesia」がある。
やがてナレーター女性の語りかけるような声が「nesia」のスピーカーから聞こえてくる。
「ようこそ、トランスアイランドのストリームライヴへ。スターライトビーチは今宵も満天の星空です…」
といったイメージで、スタンと僕が東京の夜に構想した神話づくりのプログラムは実現化するはずだ。
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トランスアイランドにおける独創的なプラネタリウムプログラムは、ドーム設備から屋外に出て展開することにした。
先鋭のテクノロジーとネットワークが実現するヴァーチャルな天空の世界で得る情報。
これをひとつのきっかけに、参加者がライヴな星空の下で21世紀の神話を創作する情操活動。
「ストリームライヴ」と名付けられたプログラムを簡単に解説するとそういうことになる。
従来のプラネタリウムが、参加者にとって受動的な体験であったのに対して、このプログラムはそこに集う人々が能動的にかかわる創作体験だ。
隔週で開催予定のイベントは、事前に提供されるインドアプログラムとスターライトビーチにおけるライヴの2本立て。
NWヴィレッジのドーム施設は個室タイプが中心で多人数への提供が不可能だから、インドアプログラムはネットワーク上のストリーミング版視聴も可能となっている。
トランスアイランドを訪れる前に見ることもできるから、夜のライヴにあわせて島に来てもいい。
(小さなドームが着々と増えているスタンのプラネタリウム計画は第84話で紹介)
ビーチで開催されるライヴは、星空を見上げながらのヒーリングプログラムで、SEヴィレッジのアーティストたちの活動が上手くコラボレートされることになる。
BGMについては、オプショナルツアーでも好評のトランスミュージックの演奏家が生演奏で参加してくれる。
(詳しい内容は第54話で紹介)
さらに、CGデザイナーたちが戸外におけるプラネタリウムショーの映像ソフトを開発してくれる。
なんと「nesia」にジョイントする専用眼鏡をかけて夜空を見上げると、白鳥や蠍などの星座が踊りだしたり、南洋の空にオーロラが出現したりするのである。
(このユニットは第113話で紹介)
そして、ここからが「ストリームライヴ」の大きなポイントである。
ふたつのプログラムに加えて、参加者にはひとつの課題が与えられることになる。
そう、詩や小説、寓話など表現スタイルは自由だが、星空鑑賞後に神話を一作創作するのだ。
リミットは翌朝まで。
全員に貸し出される「nesia」のワープロソフトによる即興創作も、ヴォイスレコーディング機能を使っての朗読録音も可能だし、宿所に戻ってペンを片手にじっくりとノートに向かうのもありだ。
スタンと僕の構想は以上である。
どうだろう?このプログラムを重ねれば、僕らの手元には続々と創作神話が集まることになる。
その中から、21世紀の神話として遠い未来まで語り継がれる作品が生まれる可能性もあるはずだし、そうでなくても前回紹介した神話学者ジョセフ・キャンベルの「夢とは個人の神話である」という言葉を拡大解釈すれば、僕らの島には無数の夢が蓄積されていくことになるのだ。
神話と夢が生まれる島…
トランスアイランドにはそんな可能性が眠っている。
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さて、仮案ではあるが、このプログラムのタイトルを「ストリームライヴ」とした。
これは僕の発案で、スタンも喜んで受け入れてくれた。
ストリームという言葉の意味は「流れ」であり、本来は海より川にマッチしたネーミングだろう。
語感的に「ストリートライヴ」に近いこともあって、言葉遊び的閃きもあったのだが、僕がそう名付けたのにはもうひとつの所以があった。
実は、最近、島の生活で強く意識するようになった見えざるパワーがある。
それは、僕たちの肉体に対して存在するふたつの「流れ」の融合が引き起こすもので、一方は、内なるものとしての東洋的な気のようなもの。他方は、外なるものとしての貿易風や海流といった島と地球を繋ぐ循環だ。
島の暮らしと旅の暮らしを繰り返すようになって、僕の中でますます強く感じるものとなったこの「ストリーム」を是非ともプロジェクト名に組み入れたかったのである。
さて、冒頭の「ストリームライヴ」イメージ解説を、閉演時点まで飛ばして記しておこう。
「今夜のストリームライヴはいかがでしたでしょうか?満天の星空と貴方が結ばれたことで、心の中に小さな神話が誕生したはずです。そして、その物語は貴方の夢とどこかで繋がっているのです。素敵な夢をこの島に残していってください…」
プログラムをしめくくるナレーションと共にBGMがフェードアウトし、参加者は再び波音と椰子の葉音だけの世界に戻る。
が、暫くは誰もその場を動こうとしない。
ある人は寝転んだまま星空を見つめている。
またある人は南十字星を真剣な眼差しで見据えている。
心地よい眠りに落ちてしまった人もいる。
皆がひとまずはライヴの余韻に浸って、創作に備えているということだろうか?
いや、既に頭の中で創作を始めた人がいるのかもしれない。
少なくともいえること。
それは、途切れなく打ち寄せる波、そよぐ草木、天に流れる星といった動的な自然の中で、人間の側が静かで動かぬ存在となっている光景が、文明社会においてはあり得ない、ある意味で神話的世界であるということだ。
------ To be continued ------
※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。
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