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note16 : シンガポール(2011.4.29)

【連載小説 16/100】

Wikipediaで「博物館」を調べると「特定の分野に対して価値のある事物、学術資料、美術品等を購入・寄託・寄贈などの手段で収集、保存し、それらについて専属の職員が研究すると同時に、来訪者に展示の形で開示している施設」となっている。

対象となる分野が自然から歴史、民族、美術、科学、海事、航空、軍事等々広範に及ぶ博物館は、まさに人類の叡智を結集させた場所といってもいいだろう。

僕なりに博物館を解説すると「無限に積み重ねられていく“知”を適正なテーマ分類によって解りやすく整理した上で圧縮したファイルのような施設で、訪れる者は安価な入場料を払うことで解凍パスワードを入手し、その中身に自由にアクセスすることができる」となる。

そんな博物館が大好きで、どんな都市を訪れても必ずそこにあるミュージアムを探しては訪ねることにしているのだが、これまでの経験からしてシンガポールほど充実した“博物館都市”はないと思う。

日本でも観光振興の分野において「街ごと博物館構想」的な取り組みがよく見られるが、それらは一定区域内の観光スポットを結んで行うエリアプロモーションの域に留まっていることが多い。
つまり寄せ集めであって、そこに“編纂”もしくは“コンテキスト”が足りないのである。

それに対して、シンガポールのマリーナ地区界隈に集積するミュージアム群は、各館が明確なテーマによって独自性を保ちながらも、それらの微妙な繋がりの中に、この国を取り巻く歴史や人物が見え隠れするところが面白い。

つまり、博物館を“はしご”して街歩きすることで、一階層上のミュージアム体験が可能となる構造が無理なく出来上がっており、僕はこれを「ミュージアムサーフィン」と勝手に名付けている。

たとえば、以下のような“繋がり”を紹介すれば、具体的にイメージしてもらえるだろう。

(1)僕が滞在しているフラートン・シンガポールはかつて中央郵便局が入居していた通商国家ならではの建物を改装したものだが、この国には世界中の切手を収集した「シンガポール切手博物館」がある。

(2)この切手博物館には“世界最初の”切手が所蔵されており、発行年は1840年で図柄は「我が領土に日の没する所無し」と語ったことで有名な英国のヴィクトリア女王である。

(3)1865年にシンガポールリバー沿いに建てられた裁判所は1890年にヴィクトリア女王の統治を記念してエンプレス・プレイス・ビルと改名され、今はそこが「アジア文明博物館」になっている。

(4)アジア文明博物館の前に建つのがシンガポール近代化の礎を築いた英国人トーマス・スタンフォード・ラッフルズ卿の像で、ここが1819年の彼のシンガポール初上陸地点である。

(5)ラッフルズの名前を冠したラッフルズホテルはカクテルの「シンガポールスリング」や村上龍の小説でも有名だが、このホテルの3階には「ラッフルズホテル・ミュージアム」があり、開業当時の調度品やここに宿泊した著名人ゆかりの品々が展示され一見の価値がある。

と、これはここ数日の施設訪問から今僕が思いついた「ミュージアムサーフィン」のルート例だが、同様の“知の繋がり”が人それぞれに発見可能なはず。

ちなみに、シンガポールでは常に新たなミュージアム建設や既存施設の改装計画が進んでいて、今年に入ってからもアートサイエンス・ミュージアムという素晴らしい施設がオープンしている。

明日この国を離れる今は大きな博物館の出口まで進んだような感覚で、満足感を得ると同時に、出るのが少し惜しい気分でもある。
優れた博物館が何度訪れても飽きることなく客を楽しませるように、観光立国シンガポールは何回訪れてもすぐにまた来たくなる。

ミュージアムのリピーターパスポートを持っているかのように、僕はこの先も足繁くこの国へ通うだろう。

>> to be continued

※この作品はネット小説として2011年4月29日にアップされたものです。

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