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スタバとホームレスとLG(カリフォルニア州・ロサンゼルス)

 アメリカの都市には大抵、物凄い数のスタバがあるのだが、私が住んでいたロサンゼルスも例に漏れず、家から1分ほど歩いたところにスタバがあった。

 ちょうどロサンゼルスは、3月からコロナでロックダウンされ、市内のカフェもレストランもテイクアウトのみ。私が近所で気に入っていたベーカリーカフェも閉まってしまった(店内に大きなアンティークの世界地図が貼ってあり、自家製レモネードとチーズケーキが美味しい)。

 唯一、外で滞在できるのが、カフェやレストランのパティオだ。パティオというのは、店の屋外にテーブルやいすが並べられたスペースである。ロサンゼルスは気候が良いので、パティオで飲み食いするのはなかなか清々しい時間である。

 私が住んでいるのはStudioという、ベッドもキッチンもすべてが同じ空間にまとまった小さな部屋だ。この狭い部屋の中で、作業し続けるのはなかなか難しい。しかしながら、気分を変えたくても、他に行く場所がない。

 そうした中で、家から徒歩1分のスタバには非常にお世話になった。

 このスタバは比較的広い店舗で、交差点に面しており、店の前には6つほど黒いテーブルに、緑のスタバカラーのパラソルが並べられている。
 小さな映画館のすぐ横に建っており、パティオスペースにはヤシの木が生えている(ヤシの木は、LAの定番の街路樹である)。

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 午後3時頃に行くと大抵ほとんどすべての席が埋まっているのだが、私は週に2回ほどのペースで、昼をすませてから、このスタバのパティオに通っていた。
 注文するのは、Seasonal Drinkのマロンラテだったり、ブリュレラテだったり、ストロベリーアサイーだったりする。このストロベリーアサイーは日本では見ない。さっぱりとしたレモネードに、冷凍イチゴが無数に散らばっている代物だ。

 作業に疲れてふと見上げると、青空とヤシの木が気持ちを爽やかにさせてくれる。夕方になると、夕日がスタバ越しから差し込む。
 食べくず目当てで、黒い小鳥が足元をちょんちょんと歩いており、これもまた和むのである。

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 もうひとつ、このスタバにはLAならではの光景がある。
 ホームレスの方々である。

 必ずと言っていいほど、スタバが面した通りの歩道で見かける。一番の常連は、車椅子に乗った高齢の黒人のホームレスだったと思う。彼の車椅子の足元には、誰かからもらったものなのだろうか、スタバのカップが1、2個並んでいる。
 歩行者やパティオにいるスタバ客に何か話しかけるわけでもないが、たまに顔見知りが通るらしく、会話をしたりしている。

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 見かける人は、日によって異なる。別の日に見た別の人は、スタバの出入り口のすぐ横に陣取って、店に向かってくる人全員に

「Good Morning, How are you?」

と声をかけて、何か食べ物か飲み物をもらえないか、と聞きまくっている。これは日本とアメリカで違うなあと思うところなのだが、ホームレスから声をかけられた人はほぼ100%の確率で、挨拶自体は軽快に返している。

「Good, How are you?」

 パティオに座っている私も、ついついそのやりとりを見続けてしまう。

 食べ物と飲み物のお願いのヒット率も結構高くて、9時から12時までそのホームレスが座っていた午前中いっぱいに、コーヒーを3杯、サンドイッチを2つもゲットしていた。大抵、買って出てくるのは若い男性か女性であった。
 中には、

「どんなのが欲しい?ミルクと砂糖は?」

とわざわざ好みを聞いている人もいた。だいぶ収穫があって満腹になったからか、12時過ぎるとそのホームレスはどこかに消えていった。

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 あるとき、私がまたこのスタバのパティオで、ノートPCをかたかたさせていると、ホームレスの高齢の小さなおじさんに声を掛けられた。
 ただ、私の英語力の問題が9割、先方がもごもごと発音しているのが1割で、なんと言っているか聞き取れない。

 何かを乞われているとしたら、ちょっと怖い。
 無視すればいいのかもしれないが、つい「Excuse Me?」と聞き返してしまう。それでもやっぱり聞き取れない。ただ、一言だけ聞き取れたコトバがあった。

「これはLGのラップトップですか?」

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 おじさんは、私が開いているノートPCの画面に刻印されている「LG」のロゴを指さしている。メーカーを聞いてくるなんて、どういう意図だろうか。このPCが欲しいのだろうか。どうしよう。
 それでも、初級英会話みたいに私はアホみたいに答えた。

「はい、これはLGのラップトップです。」

 それを聞くとおじさんは、一言だけ言うと、にこっと笑って立ち去って行った。

「Life is Good」

 一瞬、何を言っているのかわからず、ちょっと頭が変な人なのかとも思った。その場では、おじさんに一言もかえせなかった。
 しかし、おじさんが立ち去ったあと、ハッと気づいた。

Life is Good。(人生は素晴らしい)
LG、だ。

 おじさんは私が何か答えるのを待たずにどこかへ消えてしまったので、結局わたしに何が言いたかったのか、本当は何か別のことがあったが英語が通じないのでセリフを切り替えたのか、その真意はわからない。
 だが、私も何か気の利いた、元気の出る一言を返せたらよかった。

 その後そのおじさんを見ることは一度もなかった。
 ただコロナでほとんど人に会えず、心にすきま風が吹いていた私にとっては、今でも妙に心に残っている。

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