ロックダウン後最初の1週間(3/18-24)ーマレーシア
「コンニチハ。元気でしたか?」
市場で声をかけられて振り向くと、ときどき行く食堂の娘さんだった。
しばらくぶりだったので様子を聞くと、
「持ち帰りだけになりましたが、やっています。また来てくださいね。気をつけて」
この前お店に行ったのはいつだったろう?
ウイルス禍であっという間に周りの状況が変わったので、もうずいぶん前のような気がする。
*この記事の前の、行動制限令発令前後のことを書いています。
3月18日に行動制限令 (Movement Control Order; MCO) が出てからは市場も品が薄くなり、野菜の鮮度が落ちている。いつもは週末に来るだけなのだが、必要なものが一回でそろわないから、週に何度か買い物に出ないと食材が足りない。
それでも、自分の食卓を整えるだけならまだいい。気の毒なのは、彼女のような個人の店だ。創業40年というから、長年のひいきのお客はいるだろうけれど、店内で飲食ができない分、きっと売り上げは落ちただろう。また行きたいけれど、次にいつお店を訪ねられるのか、見通しが立たない。
マスクはみんなでした方がいいのか、必要な人がするべきなのか
市場の入り口には、これまで見たことのない「マスク着用のこと」という告知が張り出された。
市場を管理するクアラルンプール市*が掲出したものだ。おおよそ意味はわかったが、知らない単語がいくつかあるので、写真を撮って家で辞書を引くことになる。こういうとき、ことばが自由にならない難しさを感じる。
マレーシアの都市部では、おおむね英語が通じる。しかし国語は、マレー系住民の話すマレー語だ。この地域は華人(中国系マレーシア人)**が多いから広東語の方が通りがいいのだが、それでも国語の地位は別格だ。
結局、マスクは密閉空間でなければ必須ではないという見解が数日後に出た。けれど、うちの周りではマスクをしている人が増えた。マスクなしで歩いていると、無関心な人間だと思われないか、不安になるほどだ。
例年乾季にやってくるヘイズ(焼き畑、森林火災による煙害)のころ、大気汚染の数値が「健康に害がある」レベルのときですら、地元の人がマスクをしているのを見るのはまれだ。だいたい、日中の最高気温が30度を超える熱帯でマスクをするのは暑くて苦しい。
今、バイクに乗っている人や、ひとりだけの乗用車の運転者までマスクをしている状態が、どんなに珍しいのかわかると思う。
「買い物に出られるのは一家にひとり」が巻き起こした珍騒動
3月21日には、買い物に出ることができるのは一家でひとりのみ、という公共事業相の見解が明らかになった。新聞記事では head of family とあるけれど、別に「家長」ということではないのだが、このあと近所のスーパーマーケットで男性を見かけることが増えた。
というわけで、ふだん料理をしないおじさん(若者も?)が買い物に行くことになったため、あちこちの家庭で騒動が起きたようだ。
妻にもらった買い物メモを見ても、何を買ったらいいのか、どこに売っているのかわからず困惑する夫たちを助けるために、サバ州政府やスーパーマーケットが「台所の買い物をする男性のためのガイド」として図入りの説明を Twitter で公開したという報道があった。ほとんど「はじめてのおつかい」おじさん版である。
https://twitter.com/JapenSabah/status/1241348051496656896?s=20
確かに、市場やスーパーマーケットの店内で携帯電話で誰かと話していたり、画面を見ている男性が少なからずいる。これからは、もし通路に立ちふさがって携帯電話を見ている人がいても、きっと困って誰かに相談しているのだと寛大に受け止めることにしようと思った。
閑散とした街を走る配達のバイク
トントントン。
夕食をとっている間にノックの音がしたので玄関に行くと、グラブ・フードの配達員が立っていた。和食党の我が家では頼んだことがないのに、同じ階のどこかの部屋と間違えたらしい。
外出の制約があるため、外食好きのマレーシア人は持ち帰りをするか、電話やインターネットで注文するかで乗り切っているらしい。
車も人も少ない閑散とした街なかを、配達のバイクだけが忙しく走り回っている。グラブ・フードとフード・パンダが両雄で、どこに行ってもバイクを見かける。
マレーシアではもともと、店内で出す飲食物を持ち帰り用に包んでもらうのはごく当たり前のことで、たいていのお店にはそのための容器がある。そういうわけで、今回のような持ち帰り限定でも、お店は対応しやすかったのではないかと思う。
「日本人です」と名乗ることの不安
この間はパンが売り切れていて、空手で帰った。今度はパンが焼き上がる時間よりも前に来たので、1本まとめて買うことにした。店に出かけてもほしいものが買えるとは限らないので、品があるときに買わなければならない。
「あなた、日本人?」
たまたまパン屋で一緒になったおばさんが声をかけてきた。日本のコロナウイルス感染者が多いのはマレーシアでも報道されている。日本人は警戒されているのではないかと思って、少し身構えて「そうです」と言ったら、予想外の答えが返ってきた。
「わたし、日本の会社で働いていたことがあるのよ」。
え、日本語ができるんですか?
少し立ち話をしていたら、
「歩いて来たの? 近くなんだから、家まで車で送るわよ。荷物があると大変でしょ」とそのおばさんに言われた。ありがたくて涙が出そうになる。
この後に寄りたいところがあるので、とお礼を言って断ったけれど、こんな大変なときでも親切な人はいることに元気づけられる。
アジア・太平洋戦争中に交戦した歴史があるにもかかわらず、わたしはマレーシアでは、日本人だからという理由でいやな思いをしたことがない。それでも今回、日本でコロナウイルス感染者が多いことで、自分も関連付けて扱われるのではないかという不安がいくらかあった。それと気がつかないうちに、外出するときにはずいぶん緊張していたことを知った。
この一週間、誰もが慣れない生活の変化に追われていたはずだが、不思議とどこで会う人もいらいらした感じがない。大通りで配達のバイクの写真を撮っていたら、Vサインで応えられたくらいだ。
基本的に楽観的で(ときに詰めが甘い)、状況対応が早いマレーシアの人びとだけに、長期戦の構えでいるのかもしれない。
3月24日になって、行動制限令がさらに2週間、4月14日まで延長されることが発表された。いつもと違う非日常がもうしばらく続くことになる。
行動制限令下、1週間めの主な動き
3/18 行動制限令発令(3/31まで)。累計感染者790件。
3/20 マレーシア国内の累計感染者が1030件超に。
3/21 死亡者8人に。
3/22 午前0時から警察の補助のため、市中に軍隊2万人が展開。
マレー半島と東マレーシアとの往来が禁止
3/23 累計感染者1518件。
3/24 公共交通機関の運行時間制限。
*クアラルンプール市 正しくは連邦直轄領。地元では DBKL (Dewan Bandaraya Kuala Lumpur) と呼ばれている。
**華人 中華人民共和国の人ではなく、祖先が中国から移民してきた、マレー半島生まれの中国系マレーシア人のこと。