#25 フラれてフラれて千歳まで
R274は徐々に標高を下げ、夕張を過ぎた頃には樹海、山といった雰囲気は薄れ、ポツポツと納屋や民家のある里山という感じになり、やがて稲作の風景も現れる。この頃になると、湿気っていた空には晴れ間が見え始めていた。
R274を道なりに進むと札幌方面へ向かってしまう。千歳のある西へ向かいたく、JR川端駅付近で道道462号に乗り換える。森、田んぼといったのどかな風景に、畑にはビニールハウスも現れ、向こうには高速道路の高架が見える。もう、景色の中に期待する北海道らしさを見つけるのは難しい。ここは千葉県の茂原市ですと言われれば、そんな風にも見えてくる。大きな牛舎を見つけて、ここが北海道であることを努めて意識しようとする。
途中、温泉を目当てに剣淵川を目指す。国道沿いにある温泉の看板を頼りに曲がると、本当にこの道でいいのか?と思うような、学校帰りの子供たちが通りそうな川の土手の砂利道である。川の向こうに見える高速道路では車がビュンビュンと走っているのに、こちらでは大型バイクが土手の砂利道をタラタラと慎重に走っている。この対照的な風景を俯瞰して想像したら、なんとも滑稽な気分になる。そして、たどり着いた温泉は休みであった。
実は今朝、他の温泉でもフラれていた。そこはR274樹海ロード沿いの、山の中の温泉と思える最後のチャンスと思って立ち寄った。ぼくが着いたのが10時半頃、温泉の営業は11時からで、あいにく開店を待っていられなかった。
こんなことだから、旅では昼ご飯とも縁がない。朝早くから動き出すと、10時過ぎには腹が減る。しかしその頃には、海鮮やら評判のラーメン屋、定食屋やらは未だ開いていない。開いていたかと思えば、ウニが入荷していない、なんていうこともあった。仕方がないから先へ進む。そうして昼時になると、今度は店がない。北海道の町外れにもある店といえばセイコーマートだが、弁当を買って駐車場に座り込んで食べる気にはならないし、そもそも外は暑いか雨かのどちらかで、長く居られない。それで、コンビニの屋根の下で地図を片手に済ませられるパンとコーヒー程度のものになる。
しかし、旅の最終日の今日、温泉に入れなかったら、あとは何もない。ただ帰るだけである。13時過ぎにはバイクを返却しなければならず、今からなにかをする選択肢は殆どない。土地はすっかり平地となり、景色やワインディングを楽しめそうな道はない。なにも知らなければ千歳のサーモンパークへ寄ろうと考えたかもしれないが、すでに行ったことがあり、再訪する気分ではない。他に、無理してどこかへ行って、期待外れでがっかりした気分で旅を終えたくはない。
昨夜の焚火で燻された匂いをまとったまま飛行機に乗るのは他の乗客にご迷惑だから、というより、それで羽田に着いた後がなんだか恥ずかしいから、時間があるならばどうしても風呂に入りたった。がっかりさえしなければよいと期待のハードルを下げ、恵庭市にある温泉に行くことにした。
交通量の多い片道2車線か3車線、両脇にはガソリンスタント、車屋、家具、家電、飲食店といった全国チェーンの大きな店が並ぶ、もはや全国にありふれたような市街の国道を急いだ。やがて国道は恵庭市の中心部をかわすように外に膨らんだ。
街の郊外にあるその温泉施設は、食事処にお休み処、庭園、そして仮眠もできる、ゆっくりと長居するスーパー銭湯のようなところであった。受付で館内着はどうするかと聞かれたが、くつろぐ時間などない、こちらは急ぎたいんだ、と思わず前のめりになってしまいそうな、のんびりとした雰囲気に包まれていた。浴場は施設の2階にあり、階段を登っていく道のりも、いちいち長ったらしく感じた。
湯は珍しいモール(泥炭)温泉で、見た目には真っ黒な湯船は、手にすくってよく見ると鉄分の多そうな茶色をしており、ぬるっと肌にまとわりつくアルカリ性である。20代までは、肌を刺すような刺激のある酸性の湯がいいと思っていたが、いつ頃からか、柔らかいアルカリ性がいいと思うようになった。入れば長湯する派で、強酸性だとお湯に疲れてしまうというのが、30歳を過ぎてから分かるようになった。
露天風呂で湯に浸かりながら庭園を眺める。庭園の池にはいくつもの蓮の葉が浮かんでいる。それをみて、最先端のゴアテックス素材のレインウェアはやがて雨に染みてしまうのに、蓮の葉はどうしてあれほど水を弾くのだろうなどと、自分ではわかりようもないことに思いふけっていた。急いでいたはずの気持ちは、忘れていた。
バイクの返却時刻から逆算して時間いっぱいギリギリまでお湯に浸かり、通って来た国道を今度は逆の千歳方面へ、再び急ぐ。流れていた国道の信号が赤になると車が次々と停まって溜まり、青になると再び流れ出す。まるで工場のラインのようだ。もう、ぼくもその中の一個である。
8日目 沙流郡日高町~千歳 おしまい。
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