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その一言に励まされ ロシアワールドカップ旅日記11

17時、日本vsポーランドの試合がキックオフされた。

前半は、日本も悪くない試合運びをしていた。とくに32分、相手MFのシュートを、GK川島がゴールラインぎりぎりで右手で弾いたスーパーセーブには思わず胸が熱くなったほどだった。

それよりも気になったのは、僕の周りにいたサポーター集団の、マナーの悪さだった。熱く応援するのはいいけれど、彼らが終始、立って観戦していたのだ。目の前で大の男たちが立っているものだから、僕も観戦するために立たざるを得ない。ゴール裏ならともかく、ここはバックスタンドなのだ。どうしてこの炎暑の中、ずっと立っていなくてはならないのだろう?

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試合が動いたのは後半だった。59分、フリーキックからの高いボールを、ゴール前に詰めたベドナレクが右足でシュート。これがゴールに決まってしまった!

0-1。裏のセネガルvsコロンビアがいまだ0-0のため、このままだと日本はグループリーグ敗退に終わってしまう。もしかしたら、ここから日本にとっての本当の戦いが始まるのかもしれない。

しかし、である。後半も残り15分となった頃、コロンビアがセネガルから1点を奪ったという報せが入る。すると、今まであれほど果敢に攻めていた日本の選手たちが、ゴール前でパス回しを始めたのだ。ポーランドの選手たちも、それに合わせるように、あまり積極的に攻めてこない。

僕は、というか日本のサポーターの多くは、何が起きているのかよくわからなかった。しかし、このまま試合が終われば、日本はセネガルよりイエローカードの枚数が少ないため、「フェアプレーポイント」で勝り、ぎりぎりグループリーグを突破できることに気付き、なるほどと思った。

もちろんそのためには、裏カードのセネガルがコロンビアに追いつかないことが条件となる。つまり日本は、自分たちの結果でグループリーグを突破するのではなく、コロンビアがセネガルに勝つことで自分たちが決勝トーナメントへ行けることに「賭け」たのだ。

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日本のだらだらとしたゴール回しを観た観客たちが、大きなブーイングを始める。その果てしないブーイングの波は、どこか日本のサポーターにも向けられている気がして、僕には耳が痛く聞こえた。

異様な雰囲気の中、それでも日本はゴール回しを続ける。スマホで確認すると、裏カードはいまだコロンビアがセネガルに勝っている。このままいけば、日本はグループリーグを突破できる。けれど、目の前の試合よりも、裏で行われている試合を気にしなければならないことが、情けなかった。

そして、0-1のまま試合は終わった。やがて、周りの日本サポーターが大きな歓声を上げた。コロンビアがセネガルに勝ち、日本の決勝トーナメント進出が決まったのだ。

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こんな試合を観たくて、僕はこのロシアの外れの街まで来たのだろうか……? そのとき僕が感じたのは、喜びではなかった。諦めでもなく、呆れでもなかった。静かな怒り、のようなものだったかもしれない。

もちろん、これはれっきとしたルール上の結果なのだから、なんの問題もないと思う。けれど、日本のサポーターの中には、このポーランド戦を観るためだけに、はるばるロシアまで来た人だっているはずなのだ。そんな人たちのことを思うと、少し胸が痛んだ。

例のサポーター集団は相変わらずマナーが悪く、椅子の上に立ち上がって、選手たちに声援を送っていた。そんな光景をしばらく見つめると、僕はスタジアムの外に出た。

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目の前には、悠久の水を湛えるヴォルガ川があって、その上には今日も美しい夕空が広がっていた。その光景を見ていると、いまの自分の気持ちが、嬉しいのか悲しいのか、よくわからなかった。

とにかく、日本代表はグループリーグを突破した。それは嬉しいことのはずなのに、素直にそれを喜べない自分がいた。

問題は、日本のラウンド16の試合を観に、ロストフ・ナ・ドヌへ行くかどうかだ。どうしよう……。

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たぶん、スタジアムから街へ戻り、すっかり暗くなった道を歩いているときも、僕はそのことを考え込んでいたのだと思う。そのとき、ロシア人の母娘とすれ違ったが、すぐにその母娘が引き返してきて言った。

「何か困ったことはありますか……?」

どうやら、真剣に悩んでいる僕の姿を見て、何かあったのではないかと勘違いしてしまったようなのだ。その母娘の優しさに、僕は胸を打たれた。

「大丈夫です。ありがとう」

心配そうに見つめる母娘にそう言うと、ホッと安心したような顔つきになった。優しい母娘と別れたとき、僕は思った。今日観戦した試合は一生の思い出となる試合にはならなかったけれど、あの心優しい母娘との出会いは、一生忘れることのできない記憶になるだろうな、と。

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声を掛けてくれた母娘に励まされるようにして、僕は「サブウェイ」で簡単な夕食をとると、急いでホテルへ戻った。そしてまず、テレビでイングランドvsベルギー戦を観て、ベルギーが1-0で勝つのを見届けた。これで日本のラウンド16の対戦相手はベルギーに決まった。

さあ、どうしよう。ロストフ・ナ・ドヌへ、ベルギーと戦う日本代表の姿を観に行こうか……。

そのチケットは事前に入手済みだった。だから、予定通りに観に行くというのが、普通の考え方だったと思う。

でも、僕は今日の日本代表の戦い方に、正直失望してしまっていた。本当にこの日本代表をロストフまで追いかけていきたいと、僕は思っているんだろうか?

ロストフ行きを躊躇するのは、それだけが理由ではなかった、もし日本が1位通過するか、あるいはグループリーグ敗退したら、僕はサンクトペテルブルクへ遊びに行こうと考えていた。白夜の街、サンクトペテルブルクは、僕にとって憧れの地だった。ロストフへ行くことになると、サンクトペテルブルクへは行けなくなる。

僕はもう1度、自分の胸に問いかけてみた。自分がいま、どうしたいと思っているのか。大切なのは、後悔だけはしないようにすることだ。

ロストフへ行ってみようか……。ふと、そう思った。

確かに、次のベルギー戦も、日本はあっけなく敗れてしまうかもしれない。また情けない姿を見ることになるかもしれない。けれど、もしかしたら、ロストフの地で、「なにか」に出会わせてくれるかもしれないではないか……。

このロシアに来てから、僕はまだ1度も、日本の勝利の場面に立ち会えていない。僕がロシアにいるのはラウンド16までだから、次のベルギー戦が、その最後のチャンスということになる。その「チャンス」に賭けてみるべきではないのか。まさに今日、日本代表が裏カードの結果に賭けたように……。

それに、と思った。ロストフ・ナ・ドヌなんていう、聞いたこともなかった街に行けるのはすごく面白いかもしれない、と。

そこで、旅の後半のルートをこう決めることにした。

まず、7月1日にモスクワで予定通りスペインvsロシア戦を観戦する。その後、夜の飛行機でロストフへ飛び、翌2日にベルギーvs日本戦を観戦する。そして、深夜発の夜行列車でモスクワへ向かい、翌3日にモスクワに到着、翌4日に帰国する。

これで決まりだ。思い切って、ロストフへ行ってみよう!

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すべての航空券やホテルの予約を終えたときには、部屋の天窓の向こうに、眩しい青空が広がっていた。もう朝、だったのだ。

旅の素晴らしさを、これからも伝えていきたいと思っています。記事のシェアや、フォローもお待ちしております。スキを頂けるだけでも嬉しいです!