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丘の上から見えたのは ロシアワールドカップ旅日記12

6月29日(金)ヴォルゴグラード

この日、目が覚めたのは、なんと昼の12時過ぎだった。朝まで今後の旅の計画を練っていたのだから、仕方ない。もっとも、この日は移動もなければ、ワールドカップの試合もない、「完全フリー」の1日だった。だから、こんなのんびりした時間の過ごし方ができるのだ。

ヴォルゴグラードの街へ出ると、昨日までのお祭りムードが消え、街に日常が戻りつつあるように見える。それもそのはず、ヴォルゴグラードでのワールドカップの試合は昨日の日本vsポーランド戦が最後だったのだ。この街は今日から、ワールドカップの喧騒とは無縁の、「普通の街」に戻ったのかもしれない。

そんなヴォルゴグラードは、どこか懐かしい雰囲気が漂う街だった。静かで落ち着いた街並み、そこをゆっくりと行き交うトラムやトロリーバス、そしてヴォルガ川の流れ……。華美さはないけれど、歩いているだけで心が和らいでくる、美しい街だ。

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ヴォルガ川近くのレストランで昼食をとったあと、スターリングラード攻防戦の博物館へ向かった。

かつてスターリングラード=スターリンの街、と呼ばれていたヴォルゴグラードは、第2次世界大戦の激戦地となった街だ。その攻防戦は、ナチス・ドイツ敗戦の契機となり、街は焼け野原になったという。

その博物館で圧巻だったのは、戦場となったスターリングラードを再現したジオラマだった。平和だった街が、一面の戦火によって、灰色の街へと変貌する……。

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でも、僕にとってリアリティーを伴って迫ってきたのは、博物館ではなく、その隣にある製粉所の遺構だった。攻防戦による爆撃で破壊され、赤れんがの外壁だけが残った当時の製粉所が、今に残されているのだ。

崩れ落ちた屋根、壁に空いた無数の穴……。この建物を見たとき、どこかで見た他の建物の記憶と、何かがつながった気がした。

すぐにそれが、広島の原爆ドームであることに気づいた。ヴォルゴグラードの製粉所は、広島の原爆ドームと、受ける印象が驚くほど似ていたのだ。それは、戦争の記憶を伝えるためだけに今に残されている、という共通のものがあったせいかもしれない。

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悲惨な姿で残る製粉所を僕が見つめていると、5歳くらいの男の子がスキップをしながら目の前を通り過ぎた。男の子はスキップを止めると、製粉所の姿を、不思議そうな顔で見つめた。その対比はあまりにも鮮やかで、平和というものの存在を強く僕に感じさせた。きっと、僕らがワールドカップなんてものに熱狂できるのも、今が平和だからこそなのだ……。

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夕方、ソ連時代の雰囲気が漂うトラムに乗って、ママエフの丘へ向かった。第2次世界大戦の戦没者を祀った慰霊の丘で、その上には「母なる祖国像」がそびえているという。

しかし、その「母なる祖国像」までが遠かった。長い階段がひたすら続き、上っても上っても、なかなか丘の上に辿り着かない。衛兵交代式が行われている慰霊堂をくぐり抜け、地元の若者たちと写真を撮り、さらに長い坂を上り、ようやく丘の上に着いたときには、すでに陽は大きく西に傾いていた。

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それでも、ママエフの丘に立つ「母なる祖国像」は素晴らしかった。右手に高々と剣を掲げた女性が、斜め後ろを振り返りながら、何かに驚いたように大きく口を開けている。まさにこの街のシンボルといっていい、力強さと、そして美しさを兼ね備えた像だった。

そして、ママエフの丘そのものも素晴らしかった。周りに大きな建物がないので、どこまでも空を広く感じる。西の方にたなびいていく雲を見つめていると、この大きな空こそが、ヴォルゴグラードという街の美しさを物語っているように思えた。

エカテリンブルクも、カザンも美しかったが、ヴォルゴグラードも美しい。本当にロシアは、どこの街へ行っても、はずれがないのだ。日を追うごとに、この国の美しさに魅せられていく自分を感じる……。

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丘の上からは、日本vsポーランド戦の試合が行われたヴォルゴグラード・アリーナが見えた。昨日の大ブーイングが嘘のように、スタジアムは静まり返っている。確かに昨日、あの場所で、日本代表は決勝トーナメント進出を決めたのだ。

次こそは、と思った。次こそは、本気で戦う日本代表の姿を観たい、と。

負けてもいい。たとえ負けてもいいから、心の底から熱くさせてくれる試合を観せてほしい。あのカザンで、韓国の選手たちが試合終了とともにピッチに倒れ込んだような、あんな試合を観せてほしい。この遠いロシアまで応援に来て良かったと思えるような、そんな試合を……。

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スタジアムを見つめていると、不意に、きらきらとした虹色のライトアップが始まった。ヴォルゴグラードの街に、夜が訪れたようだった。

旅の素晴らしさを、これからも伝えていきたいと思っています。記事のシェアや、フォローもお待ちしております。スキを頂けるだけでも嬉しいです!