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灼熱のヴォルゴグラード ロシアワールドカップ旅日記10

6月28日(木) カザン→ヴォルゴグラード

初夏の澄みきった青空の下、カザン国際空港に着いたのは、朝の10時過ぎだった。今日はこれから、一路南下して、ヴォルゴグラードへ向かう。そしてそのまま、日本vsポーランド戦を観戦するのだ。

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ヴォルゴグラード行きの飛行機のチェックインを待っているとき、前にいた日本人の女性と話をした。彼女もこれから、日本の試合を観に行くのだという。

「モスクワから行く人が大変らしいんです。ヴォルゴグラード行きの飛行機がキャンセルになっちゃったらしくって」

ワールドカップ観戦の鉄則のひとつに、試合会場の都市へは前日までに入っておくべし、というのがある。当日に入るのでは、何が起きるかわからないから、と。モスクワから行く人たちは、その憂き目にあってしまったのかもしれなかった。もっとも、僕らが幸運なだけだったのかもしれないけれど。

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今日は試合が終わるまで、食事をする時間の余裕がなさそうだったので、カザンの空港で早めの昼食をとることにした。しかし、空港内にレストランが見当たらない。

僕があちこち見回していると、ボランティアの女子大生に声を掛けられた。

「どうされましたか?」

「レストランを探していて……」

「2階にあります。こちらへどうぞ」

彼女はそう言うと、優しい笑顔を浮かべながら、2階の奥にあるレストランまで案内してくれた。

ロシアに来て心動かされたことのひとつが、ボランティアの若者たちの優しさだった。困った顔をしていると、こちらから聞かなくとも、すぐに彼らから声を掛けてくれる。そして彼らはみんな、「笑顔」がきらきらと輝いていた。それは、ロシアという国のイメージを変えてくれる「笑顔」だった気がする。

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ロシア風ピラフとカツレツの昼食をとっていると、今度は日本人の男性が入ってきた。彼はこれからソチへ向かい、ウルグアイvsポルトガルの試合を観戦するのだという。本当は日本の試合を観に行きたいんだけど、と残念そうに呟いた。

食べ終わった僕がレストランを出ようとすると、また男性に出会った。すると、彼は力強く僕に言った。

「応援よろしく!」

そのとき僕は、これから観戦に行く日本の試合が、いかに大切な試合なのかに気づかされた。そして、この男性の分も、僕が日本を応援してこよう、と。

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カザンからヴォルゴグラードへのフライトは、ヴォルガ川を下流へと下るようなルートで飛んだ。全長3690kmとヨーロッパ最長、「ロシアの母なる川」と呼ばれているという。飛行機の窓から見下ろすヴォルガ川は、どこまでも雄大で、不思議な優しさを感じる流れだった。

2時間ほどでヴォルゴグラード国際空港に降り立ち、空港の外に出ると、その「暑さ」に驚いた。空から降り注ぐ強烈な陽射し、地面から立ち上る湯気のような熱気……。カザンも暑かったけれど、ヴォルゴグラードはその比ではなかった。猛暑、炎暑、灼熱、すべての言葉を寄せ集めたような暑さだ。

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まずは荷物を置くため、タクシーに乗ってホテルへと向かう。運転手のおじさんは、「トヨタ」の車であることを盛んに自慢していた。それは僕が日本代表のユニフォームを着ていたせいでもあったかもしれない。

街の外れの小さなホテルに荷物を置き、近くのバス停から、観戦客用のバスに乗る。バスを待っているとき、日本サポーターの父子に出会った。50代くらいのお父さんと、大学生くらいの男の子。ワールドカップを父子で観戦に来るというのはなかなか珍しい。きっとお父さんにとっても、そして男の子にとっても、一生思い出に残る旅となるのだろうな、と思った。

そのお父さんに話したのは、今後の観戦スケジュールについてだった。日本がポーランドに勝って1位通過を決めてくれれば、次のラウンド16の試合はモスクワで行われる。でも、もし2位通過となると、次の試合はロストフ・ナ・ドヌという辺境の街で行われることになる。だから、楽に行けるモスクワで観戦したいので、1位通過をしてもらいたい、と。

「でも、夜行列車に乗ってロストフへ行くというのも、悪くないと思いますよ」

お父さんはそう言ってくれたが、僕にはあのウォッカを強引に呑ませられた夜行列車の体験が記憶に残っていて、あまり気が進まないのだった。

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日本vsポーランド戦の会場、ヴォルゴグラード・アリーナの入り口に着くと、なんと大型スクリーンでは「きゃりーぱみゅぱみゅ」の音楽が流れていた。どうやら、J-POPで「おもてなし」をしてくれているらしい。ロシアの辺境の街で聞く「きゃりーぱみゅぱみゅ」は、なんだか不思議で、とても耳に心地良い。

波打つスタンドが美しいヴォルゴグラード・アリーナへ入ると、僕の席は、バックスタンドの1階席、それも3列目という超特等席だった。試合の全体が見にくいところはあるが、なにより手の届きそうな距離で選手を応援できるのが素晴らしい。

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夕方になっても続く猛暑の中、ビールを呑みながら試合開始を待っていると、近くにいた日本のサポーター集団に青色のごみ袋を渡された。このごみ袋を丸めて振って、一緒に応援してほしい。そして試合後にはごみ拾いをしてほしい、ということのようだった。僕は正直あまり気が進まなかったけれど、仕方なく受け取ることにした。

やがて日本とポーランドの選手が入場してきて、僕も彼らと一緒に、青色のごみ袋を振った。これが意外と楽しくて、確かにひとりで応援するよりも、はるかに熱の入った応援ができる。カザンの空港で出会った男性の「応援よろしく!」という言葉を思い出し、たまにはこうやって熱く応援するのもいいかもしれない、と思い直した。

これはもしかしたら、一生の思い出となる最高の試合観戦になるかもしれない……。そのときはそう思ったが、事態はそう簡単には進まなかったのだ。

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