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「親日の台湾」が、幻となる前に

「親日の台湾」は、もう幻となってしまったのだろうか?

先日、台湾を鉄道で一周する旅をしながら、そんなことに思いを巡らしていた。

僕にとって、台湾の人たちが親日かどうかは、さして重要なことではないはずだった。

台湾の人たちは優しい。その優しさは、日本人に対してだけでなく、どこの国の人に対しても向けられるからこそ、素敵なのだ。

けれど、僕もやはり、心のどこかで「親日の台湾」を期待していた旅人の1人だったらしい。

台北を出発して、台中、屏東、墾丁、台東と旅を続けながら、その旅にどこか物足りなさを感じていた。

たぶん僕は、台湾一周の旅をすれば、日本人だから特別な親切を受けたり、優しいおもてなしを貰えたりするものと、期待してしまっていたのだろう。

しかしその旅では、そんなイメージ通りの「親日の台湾」には、なかなか出会えなかった。

もちろん、台湾の人たちは優しかった。道に迷っていれば、すぐに「あっちの方だよ」と助けてくれたし、お店の前に佇んでいれば、お客さんが「ここの店は美味しいよ」と教えてくれた。

でも、それはあくまで外国から来た旅人に対する優しさで、「日本人だからこそ」の優しさではないように思えた。

もしかしたら、「親日の台湾」は、すでに過去のものとなってしまったのかもしれない……。

そんな思いを抱きながら、旅も終盤にさしかかった頃、東海岸の花蓮を歩いているときだった。

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可愛いポメラニアンを散歩させているおばあさんがいて、犬好きの僕が思わず駆け寄っていくと、びっくりするようなことを言われた。

「日本人の方?」

綺麗な日本語だった。年齢は80歳くらいだろうか、気品漂う美しさのあるおばあさんだった。

しっぽを振り回すポメラニアンの相手をしながら、僕が「はい」と頷くと、さらにびっくりするようなことを言う。

「日本は先月、台風で大変だったわねぇ」

「は、はい……」

「あちこちで川が氾濫して、水が溢れて……」

あまりに流暢な日本語だったので、「日本語、お上手ですね」と言うと、おばあさんは事もなげに返した。

「私は昔の生まれだから。日本語を10年間学んだの」

台湾の高齢の人たちは今も日本語が話せる、と聞いていたけれど、まさにその典型のようなおばあさんだった。

「日本では昨日、天皇陛下のパレードがあったそうね」

「はい。即位パレードが……」

「日本も令和の時代に入ったのねぇ……」

おばあさんはしみじみと、まるで過去を懐かしむように言った。

「今はどこを見てきたの?」

「あっちの鉄道文化園を見てきて……」

「そう。地震のせいで閉まってるみたいで……。花蓮も地震が多いからね」

そういえば、去年だったか今年だったか、花蓮で大きな地震があった気がする。

「昨日のテレビで見たけど、日本のお城が崩れて、再建に20年もかかるそうね」

「ああ、沖縄の首里城ですね?」

「いや、沖縄じゃないわよ。日本のお城よ」

「じゃあ、熊本城ですかね?」

首里城なのか熊本城なのかはわからなかったけれど、おばあさんが沖縄を「日本」と別の土地と考えているらしいことが新鮮だった。

「これからどこへ行くの?」

「花蓮の町をもう少し歩いてみようと思って」

「そう。あっちの方が繁華街になってるわよ。ぜひ遊んでいらっしゃい」

「ありがとうございます」

そして、可愛いポメラニアンとおばあさんに、別れを告げた。

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花蓮の町をひとり歩きながら、僕が出会いたかったのはまさにあのおばあさんだったのではないか、と気づいた。

別におばあさんに、何かを貰ったわけでもなければ、何かを助けてもらったわけでもない。

けれど、おばあさんとの日本語での優しい会話が、何よりも強く、「親日の台湾」を僕に感じさせてくれた。

嬉しかったのは、あのような年齢になってもなお、おばあさんが「日本」という国への高い関心を持ってくれているらしいことだった。

おばあさんが生きた時代が、どんな時代だったのか、よくは知らない。

でも、どうやらあのおばあさんは、「日本」という国を、そして「日本人」という存在を、今も好意的に思ってくれているらしい。

そのことが、素直に嬉しかった。

そして、こうも思った。

もしかしたら、あのような美しい日本語を話す台湾の人に出会えるのは、もうわずかの間なのかもしれない、と。

「親日の台湾」は、まだあった。けれど、遠くない将来、幻となろうとしているのかもしれない……。

僕は感傷的な気持ちになりながら、花蓮の町を歩き続けた。

きっとこの花蓮での1番の思い出は、絶景の青い海でもなく、美味しい小籠包でもなく、あのおばあさんとの小さな出会いになるんだろうな、と考えながら……。

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