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虹が消える前に ロシアワールドカップ旅日記8

6月26日(火) (エカテリンブルク)→カザン

列車がようやくカザンの駅に着いたのは、正午も近くなった頃。駅を降りると、空から降り注ぐ強烈な陽射しにびっくりした。

駅前にある気温計を見ると、「39℃」と表示されている。どうやら今日のカザンは、とんでもない暑さに襲われているらしい。初夏のロシアのイメージからはほど遠い、どこか灼熱の街に来たような気がする。

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「クリスタル」という美しい名前のホテルに荷物を置き、近くのショッピングセンターの中でサンドイッチを食べた後、まずはカザン・クレムリンへ行くことにした。

このカザンは、今回のワールドカップで日本代表のキャンプ地となっている街だが、一般的には、世界遺産の「カザン・クレムリン」で知られている。かつてイスラムの国であったことを象徴するように、カザン・クレムリンには、ロシア正教の聖堂とともにイスラム教のモスクが建っているという。

街から歩いて行くと、すぐにそのカザン・クレムリンが見えてきた。要塞の壁に囲まれて、綺麗なブルーのドームをもつモスクが建っている。それはまるで、魔法の国から飛び出してきたみたいな、可愛らしいモスクだった。

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クレムリンの中へ入り、目の前で見上げるモスクも美しい。砂糖菓子のような白い壁、まん丸に盛り上がった青いドーム、空高くそびえる4本の尖塔……。

炎天下の中、僕がモスクを見上げていると、サッカーボールを手にした男性たちに声を掛けられた。

「やあ。よかったらビデオ撮影に協力してくれないか?」

ボールを投げるから、ヘディングで返してほしい。それを撮影し、それらの動画をいくつも集めて1本のビデオにして、YouTubeに流したい、とのことだった。

彼らはドイツから来たサポーターだという。明日はこのカザンで、韓国とドイツの決戦があるのだ。僕がドイツの健闘を祈って、力強くヘディングをすると、どういうわけか、ボールはあらぬ方向へ飛んでいったのだった。

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モスクの中を見て回り、さらにロシア正教の聖堂を見学すると、突然土砂降りの雨が降ってきた。一種のゲリラ豪雨のようなものらしい。

仕方なく聖堂の入り口で、他の観光客と一緒に雨宿りした。そんな中でも、自然とあちこちから笑い声や笑顔がこぼれてくる。普通の観光地にはない、ワールドカップというお祭りの場にいることの華やぎが、ここにも漂っていた。

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雨が止んで外に出ると、カザンの空に巨大な虹が架かっている。なんだかいいことがありそうだな……、と思っていると、男性に声を掛けられた。

「写真を撮ってくれない?」

すでに消えかかっている虹をバックに写真を撮った後で、ふと彼に聞いてみた。

「どこから来たの?」

「ポーランド」

なんと彼は、2日後に日本が決勝トーナメント進出を懸けて対戦する、ポーランドのサポーターだったのだ。

残念ながら、彼はチケットが手に入らず、ポーランド戦には行けないとのことだったが、固い握手をして互いの健闘を祈った。さっそく、「いいこと」があったな、と思いながら……。

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カザンの街では、やはり韓国とドイツのサポーターを多く見かけた。しかし、そのどちらにも、なんとなく悲壮感が漂っている。それもそのはず、韓国もドイツも、グループリーグを突破できるかどうかの瀬戸際なのだ。そういう意味では、日本のサポーターは、比較的恵まれた状態にいると言えるかもしれない。

韓国サポーターの注目を集めていたのは、地元の大学生の女の子たちによる、KーPOPのダンスだった。どうやら、韓国サポーターに向けた「おもてなし」のひとつらしい。きっと頑張って練習してきたのだろう、ちょっと恥ずかしそうに、でも懸命に踊る姿がとても可愛らしかった。

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20時過ぎ、旧タタール人居住区で子供たちのサッカーを見ていると、陽が西に傾いてきた。朱色に染まる空、街のシルエット、走り抜ける車のヘッドライト……。それは思わず息を呑むような、美しい夕暮れだった。

夕暮れのカザンの街を歩いていると、なぜだかふと、懐かしさが込みあげてくる。初めて来た街のはずなのに、遠い昔にこの街へ来たことがあるような、不思議な錯覚を覚える。いや、それは錯覚ではなく、本当に僕はかつて、このイスラムの国へ来たことがあるのかもしれない……。

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日頃から夜型人間の僕だが、旅先でも夜遅くまで街歩きを楽しんでしまう習性がある。この日もまた、カザン・クレムリンの夜景を見てからホテルへ戻ると、すでに日付が変わっていた。

シャワーを浴び、前日のワールドカップの試合をチェックしたり、今日の予定を確認したりしているうちに、2時を過ぎてしまった。そのとき、ふと窓の向こうに光を感じ、カーテンを開けた。そして、驚いた。朝になっていたのだ。

まだ2時半だというのに、カザンの街を、朝の光が包み始めていた。どうやら6月のカザンでは、こんな早い時間に夜が明けるらしい。街はまだ寝静まっているが、確かにその光は、朝陽がもたらす光だった。

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僕はカーテンを開けたまま、ベッドに入った。そして、朝の光に満ちていくのを感じながら、眠りに落ちた。それは不思議なくらい、穏やかで、そして幸せな眠りだった。


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