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虚勢と空虚のひとをマネージメントした思い出 ②

前回の続き

イタい大人は話が通じない

43歳の元漫才師・男性タレントASUUKAさん(仮名)のマネージメントを担当することとなり、まずは自分の担当タレントのことをよく知らなければと思い、私は彼に出来るだけたくさんの質問をぶつけてみた。

・これからどういう活動をしていきたいのか
・自分の売りは何か
・得意なこと、得意なジャンルは何か
・今後チャレンジしていきたいことは何か
・どういう人をターゲットにしていきたいのか
・女性ファンとはどのようなスタンスで付き合っていくのか
・芸人としてお笑いライブでピンネタをするつもりはないのか
・過去の話せる範囲で最大の失敗談は何か
・芸人として一番つらかった時期のエピソードはなにか
・芸人を名乗るのをやめようと決意したいきさつ
・どの程度までなら恥をさらせるのか
・プライベートをさらけ出す覚悟があるのか
etc…

マネージャーとして、彼を商品とするプロジェクトのディレクターとして、彼をどういう方向で売り出していったらよいのか、彼のどういった面が人を惹きつけられるのか、本当にどん底から這い上がるというストーリーで売り出していく覚悟があるのかなどを知るため。そして、私がこのプロジェクトに関わる前から決定していた、彼のドキュメンタリー動画の製作のため、彼の人となりや内面に深く切り込むような話し合いが必要と(私が)判断し、毎日のように上記のような質問を表現を変えながら何度も彼に繰り返した。

しかし、彼からの返答に私の心を捉えるようなものはなにひとつなかった。毎回彼から返ってくる言葉に具体性はなく、下記のような気持ちの表明や努力したくない言い訳を精神論で誤魔化すという私にとっては地獄のようなやりとりが2~3か月ほど続いた。


「俺は地獄を見た。だからもう怖いものはないので恥も外聞も捨て去って、すべてをさらけ出した素の自分で勝負したい」

「俺には経験と話術がある。だから君がネタさえ作ってくれれば、自分でアレンジしてうまくやる(だからネタ・台本を書いてくれ)」

「芸人として挫折したので、芸人という肩書では勝負したくない」

「今いる女性ファンの機嫌を損ねるようなことはできない」

「ライブ感を大切にしたいので、下調べやリハーサルはしたくない」

「ラジオはきっちりと台本がないとできない。でも一流の芸人は台本なんて無視するものだ」

このような戯言を繰り返されたため、私は外堀を埋めていく作戦をとった。

彼のステージのネタを書き、熱心な女性ファンのケアをし、彼の代わりに詳細な下調べと段取りの確認を繰り返し、彼がメインMCのFMラジオ(半年間の番組枠を買った)の綿密な台本を作り、彼に内緒でリスナーとして何通もサクラメールを投稿した。そうして要求されたことにすべて答えて逃げ道を塞いでいけば、彼が言い訳をできなくなり、彼の言うところの”カッコ悪いドン底の俺”と本当の意味で向き合ってくれるのではないかと思ったからだ。

結果、私の目論見は見事に打ち砕かれた。
・ステージの台本は覚えない(これは私の台本がつまらなかったせいかもしれない)
・芸人の肩書は捨てたので、芸人時代の話はしない
・企業イベントで企業名を覚えない。しかも間違えてライバル企業の商品名を言う
・ラジオは台本の進行を無視する(かといって面白くもならない)
・後輩からいじられるとステージ上でも素で返してしまうetc……

彼は自分自身と向き合うことを頑なに拒否した。
どんなに話し合っても、実際にかっこ悪い今の自分を人前で認めることができなかったのだ。だから、自分の見せ方売り方を、若い人(私を含む若手のスタッフ)の感性に任せるという発言をしたものの、ケツをまくって本当の勝負に出ることはなかった。

「ドン底から這い上がる俺を(カッコよく)撮ってくれ。40代からの再出発にふさわしい(台)本を(カッコよく見えるように)書いてくれ」

みたいな発言が飛び出したときはさすがに一発ぶん殴ってやろうかと思った。

今なら尊敬できない人とでも割り切って(バカにすることに楽しみを見出して)仕事をすることができるけれど、当時は若いしまじめだったので、尊敬できない人とは仕事ができないと思っていた。だからその先ASUUKAさんと仕事を続けていくためには、彼の良いところ・尊敬できるところを見つけなければと必死だった。

当時、ASUUKAさんの過去の活動をまったく知らなかったので、人づてに聞いた彼の過去の栄光である、漫才師時代の受賞歴だとか、中堅芸人たちからも人望があるみたいな話から、きっとASUUKAさんには私にはまだ見つけられていない良いところがたくさんあるはずだと本気で思っていた。だからそれを見つけられない自分はなんて無能で役立たずのマネージャーなのだろうと毎日思い悩んだ。

そして万策尽きた私は同じチームの構成作家に相談をした。その作家はピンポイントでライブなどに協力をしてくれていた人で、ASUUKAさんとは10年来の知り合いだったので、私の知らないASUUKAさんのエピソードや人となりを知っているはずと思い、思い切って自分の悩みを相談してみた。

「それがASUUKAさんだよ。昔からそんな感じだから、掘っても何も出てこないよ。無駄だから適当にやりなよ」

身体の力が抜けていった。不眠不休で目指したオアシスが幻だったかのような絶望感に襲われた。

その直後、私の憔悴ぶりを心配した作家さんとドキュメンタリーを撮ってくれていたディレクターさんが、私とASUUKAさんと4者で、今後の方針について話し合う場を設けてくれた。

私は、「本気でどん底から這い上がる復活劇を見せたいなら、もっと自分をさらけ出す覚悟をしてもらわないといけない。中途半端にさらけ出すとか言って口だけだったらお客さんには伝わらないですよ」みたいなことを言ったと思う。

私のこの発言に、作家さんとディレクターさんも同調してくれた。これで、ASUUKAさんの意識が少しでも変われば、この話し合いもどん底から這い上がるというストーリーの一部として成立するかもしれないとさえ思った。だが、私の考えが甘かった。

「じゃんぺねは、俺の良さを引き出せていないだけだ。それにかっこ悪いところを敢えて見せる必要はないし、見せてしまって、今いるファンが離れては困る。俺という素材をうまく編集していい感じにするのが君たちの役目」

彼は逆切れのように要約すると上記のような内容を語った。
場の空気が一瞬止まった。

 ーあぁ、この人、お話にならないレベルの人だったんだぁ…

おそらくASUUKAさん以外の3名が同時にそう思った瞬間だったと思う。

その日は気まずい雰囲気の中解散となり、ASUUKAさんが掘っても何も出ない人であることを身をもって理解した私は、彼へのアプローチが根本的に間違っていたことを悟った。
彼一人では商品としてコンテンツ足りえないと判断した私は、ほかのタレントと絡ませることによってドキュメンタリーの尺を稼ぐことにした。この辺りまではまだ何とかしてASUUKAという商品を売りたいと本気で思っていた。

だが終焉は突然訪れた。

ASUUKAさん自身がドキュメンタリー用に作ったという「新ネタ」(撮影済)が、後輩芸人のエピソードのパクリだったことが判明したからだ。

それをASUUKAさんは悪びれもせず私に告白してきた。

「じつはあのネタ○○の持ちネタなんだよね。まあでも○○は売れてないから問題ないっしょ」

その発言を聞いた瞬間、かろうじてつながっていた細い糸が切れたかのような感覚があった。

その日、私は友人(社長)に「もう無理」と言い残し『ASUUKA SPECIAL PROJECT』から去った。飛んだのだ。

ASUUKAさんは、じゃんぺねは無責任なやめ方をしたと大層ご立腹だったそうだ。「じゃんぺねは最低」と周囲にいいふらしていたそうだ。でも、腹は立たなかったし、最低な行為には違いないので反論もしなかった。

友人(社長)には迷惑をかけたと思うが、それまでの私の仕事を見てくれていたので特に責められることもなかった。私の後を引き継いだスタッフ(芸能関係の仕事未経験のIT系元引きこもり君)は、ASUUKAさんの「プロデューサーにならないか」という決めセリフに乗せられ「俺ってプロデューサー♪」という感じでうまくいっていたらしい。

自分は今でも、あの場で引けた自分の判断は間違っていなかったと思っている。私の黒歴史が商品として残ることはなかったので本当に良かった。

その後、ドキュメンタリーは完成し無事発売されたそうだ。
当然私の名前はクレジットされていない。(未確認だが多分大丈夫)
ちなみに後輩からのパクリネタはそのまま採用されていたらしい。(友人からサンプルをもらったが観ずに捨てた)


芸能界の底辺に近い場所で仕事をしていると、どうやって生活をしているのかよくわからないけど自称・芸能人という無名の芸能界人によく遭遇する。
今思えば彼もそんな中の一人だったのだと思う。極端につまらないわけでもないが、女をだませるようなずる賢さも外見もなく、芸能界という幻のような世界の下層部の掃きだめのような場所にいる地縛霊みたいだ。

先日Youtubeで、彼が出演していた5~6年前の動画を偶然発見して、私が出会った頃とほとんど変わらない見た目、話術、ファッション…相変わらずだなと思って少し懐かしくも切なくなった。

そして急に恐ろしくなった。今の私が、初めて会ったときの彼の年齢を超えていることに気づいたから。

-この人イタいなぁ、やばいなぁ、扱いに困るなぁ、生きてて恥ずかしくないのかなぁ

当時、そんなふうに感じていたことを思い出した。

自分のイタさを自覚することは難しい。イタさといっても環境や人によって見方が変わるので、イタさを定義することは困難だ。

だからせめて、会話だけでも成立する大人でいたいと思う。

ジェネレーションギャップは埋められなくても、本質的な会話が成立する人間でいたいと思う。

せめて、イタいけど、話は通じる大人だよねって思われたいって話。


ちなみに私が飛んでから2~3年後、偶然私が進行を頼まれた企業イベントのMCがASUUKAさんだった。その時も企業名を間違えていた。そういう人でも生きていける底辺芸能界って優しいよね。

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