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米農家のワークライフバランス、どうですか? 【「普通の農家さん」に聞いてみた! 前編】

今回の記事で取り上げるのは、山形県小国町の酒米・花き農家 井上 昌樹(いのうえ・まさき)さん。NIPPON TABERU TIMESとは、もう3年以上もお付き合いいただいています。
しかし、昌樹さんをメインで取り上げる記事は1本もなかったのです。

そこで今回、どのような想いで農業に向き合っているのか、閉塞感の立ち込める農業界をどのように切り開いていくのか、聞いてきました。

前編では、昌樹さんの人生哲学と、生業としての農業の「リアル」な姿に迫っていきます。

2020年1月の上旬、厳冬期にもかかわらず雪の少ない小国町。
町内の中心部に程近い昌樹さんの自宅を訪ねると、自宅に招き入れてくださいました。

井上家、家族写真

昌樹さんは山形県小国町出身。平成5年に、町内の基督教独立学園高等学校を卒業。その後、山形県立農業大学校、農林水産省農業者大学校で農業経営について学び、平成11年に小国町で就農。農業普及員の奥様、かわいい娘さん2人とともに、小国町中心部で生活されています。18haもの広大な農地で水稲(食用米、酒米)を栽培するほか、ストック・トルコギキョウ・ハボタンなど観賞用の花きも栽培しています。農協への系統出荷の他に、花き類については直売を行なっています。酒米は、小国町唯一の酒蔵「野沢酒造」の看板銘柄「羽前桜川」に使用されています。

今回の訪問を記事にしたい旨を伝えると、昌樹さんがゆっくりと話し始めました。

オレは本当に「普通の農家」なんだ。

会社をやっているわけでもないし、大規模に生産してるわけでもない。最近の風潮は、農家は何かデカいことやらないといけない!って感じだよね。

-そうですね。メディアで取り上げられるのも、尖った農家というか、何か新しい取り組みをしている農家ばかりですね。

そうだよなー。やっぱり、メディアで取り上げるのってすごく断片的な部分でしかないね。良い所ばかり切り取って、本当はどうなの?っていう「ホントのところ」を伝えきれていない。

昌樹さん夫妻と、TABETAI編集部

-じゃあ今日は、「ホントのところ」をうかがいます!

そうだな。「普通の農家」がいるのだ、ってことをまずは知ってほしい。農業は生活や暮らしの一部だよね。なのに、メディアの影響もあると思うのだけど、農業をする=何かすごいことをする、っていうのが定式化されてしまって、農業の入り口のハードルが上がっちゃっていると感じるよ。

みんなで、速く、遠くへ

-前に昌樹さん家にお世話になりましたよね。あの時、昌樹さんは一日中、ほとんど何も仕事していなかったな、と思って……。「頑張ってない」なあ、と思ったんですよね(笑)。
もちろんいい意味で。仕事だけやっているわけではないというか。

これはね、ここまでの人生で気づいてきたことで。若い時は遺伝子組み換え作物の反対運動とかやっていたな。でも、これはオレのする活動じゃないなって。もちろんとても大切だし、重要な問題だけど。農家って、作物を栽培することが1番なのに、本職以外のことに熱心になるのは本末転倒だなって。

夏真っ盛り。昨年7月の昌樹さんのお花畑。

-うーん。

結局、承認欲求とか自己満足だよね、そういうのって。まぁ若さの特権だけど。スタンドプレーを続けている限りは、承認欲求とか自己満足の呪縛から解放されない。だからね、色々な失敗を積み重ねて己自身を知ることで、人間って大したことない存在だな、って気づいたよ。

-速く行けるか、遠くへ行けるか、みたいな話ですか。

うん。南海キャンディーズの山ちゃんの小説『天才はあきらめた』の解説文に、オードリーの若林がこんなことを書いているんだよね。「人間は英雄ではなく、1人の人間であると気づいたと同時に人生が始まる」って。若い時は、一角の人物になりたいってみんな思うよね。でも、一角の人物になんてなかなかなれっこない。チームプレーで同じ志を持った人と一緒に行った方が、早く行きたいところに行けるよね。ちょっと受け身になって相手のことを考えて、鳥のように上から俯瞰して見ようとする。すると、ちょっと余裕ができて、この人と一緒に行ったら遠くへ行けそうだな、とか、周りの人が見えるようになってくる。色々な道があることを認識してどの道を行ったら良いか、この道に行くならこの人と一緒に行けばいいな、とかね。

農家って仕事、どうですか。

-ちょっと余裕ができてくると、農業界もよりフラットな視点で見ることができそうですね。最近は、農業に関心を持っている若者も多い印象です。彼らが口を揃えていうのは「ワークライフバランスがとれそう」ということですが、どうなのでしょう。

個人事業主としての農家の特徴は、オンとオフがはっきりしていることだな。もちろん栽培作物によって変わるし、農繁期には忙しいけれど、農閑期には余暇を楽しむ、そんな感じだな。

2人の娘さん:「家に帰ってきたら、お父さん(昌樹さん)いつもHuluで映画見てるか、ドラマ見てるかだもん。仕事してないよ」

2人の娘さんと昌樹さん。昨年の田植えの様子。

うん、保育園の時は娘2人の送り迎えもオレがしていたな。

-じゃあ、ワークライフバランスは取りやすいって認識で良いのですかね。

それは難しいところだなー。毎日最低限の仕事や翌日の準備はあるし、農繁期が無くなることはないからね。メリハリがあるだけで仕事を1年中同じくらいの量にすることは、特に冬季間とかは難しいかな。昔みたいな牧歌的な生活は実際には苦労が多いかな。『アルプスの少女ハイジ』も、表面的には牧歌的だけど、おじいさんが裏でメチャクチャ働いているからね(笑)。
 山羊の世話して、ご飯作って……って。

-『アルプスの少女ハイジ』をそういう風に見ますか、面白いですね(笑)。
あと、やっぱり収入は気になりますよね。天候などの不安定要素があるだけに、なかなか安定させるのは難しそうですね。

うーん。これはどの職業についても言えると思うのだけど、保証なんてないよね。しなくていい心配はしなくていいのかなって。10年後のことなんて分からないじゃない。先を見るより、自分のこと、家庭や子どものこと、明日のこと。「いま」が将来のために楽しくなくなるのは嫌だな。「いま」を犠牲にしたくないよね。もちろん、不安はあるよ。売り上げとか。最近は輸送費や資材の高騰とか、不安材料は増えてきているとは感じるよね。

-そういう不安を乗り越えた先に、年一度の収穫が待っているわけですよね。

NIPPON TABERU TIMES主催のイベントにて。昌樹さんが育てたお花と一緒に。
写真左は、昨年夏に昌樹さんのところでインターンをした大学生!
芽かきをしたお花、きれいに育ちました。

収穫自体は割と単純作業で、淡々と進めている感じ。一番嬉しいのは「売れた時」と「注文が入った時」だな。おいしいとか、きれいとか、そんなのは農家としては当然で。欲しい人の手元にきちんと届く(売れる)ことが大事。そして買い続けてもらうことがすごく嬉しい。一度だけ売ることなんて簡単だよ。でも、買い続けてもらうことは難しい。一度買ってもらって、「このお花良かったな」って思ってもらう。「もう一度注文しよう」と思って、連絡先を見てまた注文してくれる。それは、商品を「評価」してもらえたからだよね。お客さんに喜んでもらえた、ってことでもあるからね。


昌樹さんの熱いお話はまだまだ続きますが、前編はここまで。

後編では、小国町の地域おこし協力隊として昌樹さんの元で働いていた吉田悠斗さんにも加わっていただき、「農業のこれから」を語っていただきます。



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