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もう一つの卒業ソング。高校がない小さな村で、中学校卒業生と歌った『うた』

関東一小さな村、山梨県丹波山村には高校がない。だから、ほとんどみんな、村に一つだけある中学校を卒業すると旅立っていく。寮に入るなり家族と一緒に引越しをするなり、形はそれぞれだが、きっとそこには都会の卒業とは少し違う重みがある。とても大きなできごとだ。

私はそんな村の中学校で、保健体育の非常勤講師をやっている。同時に、地域おこし協力隊として「たばやまレコード」と銘打ったプロジェクトで、音楽を活用した地域おこしに携わっている。

この春、そんな中学校の卒業生と一緒に、ある楽曲をレコーディングした。そして、卒業式の日に完成したCDを手渡し、YouTubeでミュージックビデオを公開した。小さな村だからこその様々な困難もあったが、いろんな人の助けを得ながら、なんとか形にできた。「挑戦してみること」と「諦めずにやり切ること」の大切さを教えてくれた、卒業生と私の奮闘の日々を綴ってみた。

<完成したミュージックビデオ>

コロナの流行と受験、なかなか動き出せない日々】
私には、どこかのタイミングで中学生と一緒にレコーディングをしたいという思いがあった。地域おこし活動には、いろんな人を巻き込んで一緒に盛り上げていきたかったし、本格的なレコーディング体験ができれば、生徒にとっても貴重な体験になるだろうと考えたからだ。

しかし学校では、コロナの流行で厳しい活動制限が求められており、中でも“歌うこと”は感染リスクが高いとされていた。特に3年生には受験という一大イベントもあり、提案には慎重にならざるを得なかった。

コロナの流行が収まっている頃に、学校活動の中で取り上げてもらえないかと打診したこともある。しかし、急な提案だったこともあり、少なくとも今年度内に行うのは難しいとの回答だった。

<丹波山村立丹波中学校>

そうこうするうちに、残された時間は少なくなっていった。「現実的に考えて、今年度はもう活動できないかもしれない…。」そう諦めかけていた時に、ふと、3年生とだけなら一緒に録れるかもしれないと気付いた。1・2年生には来年のチャンスがある。残された活動時間や感染リスクを考えても、少人数の方が実現できそうだ。

今回は、教員として提案するわけではないし、無理強いもしたくない。どう声をかければいいか考え込んで、何度も言いそびれてしまっていた。タイムリミットが迫った、全員の受験が終わった翌日、ようやく3年生の率直な思いを聞くことができた。
返ってきた答えは…

「やってみたいです!」
「楽しそう!」
「すごい!ファーストテイク(人気 youtubeチャンネルのこと)みたいなことできるんですか!?」

これは、一緒に楽しんで取り組めそうだ。
「やるぞ!!」と、心の中でスイッチが入った。


【小さな村だからこその難しさ、温かさ】

最初はたっぷり放課後の時間を使えると思っていたが、3年生は思いのほか忙しく、活動時間が確保できるのは17:30以降。村の夜道は真っ暗になるので、迎えにきていただくなど保護者の協力も必須だった。快く支えていただいて、本当に感謝している。

活動時間は確保できたものの、今度は場所がない。この村にはスタジオがないのだ。大きな声が出せ、外からの音が遮断でき、感染リスク対策から換気ができる広い場所。そして、学校帰りにみんなが歩いてこれる場所。いろんな面から考えた結果、「かめやバンガロー」の団体用バンガローを一棟借りることになった。事情を話すとオーナーからは「中学生の活動なら応援したいから無料でいい!子供達は村の宝なんだから」との言葉。当日は飲み物などの差し入れもたくさんいただいた。本当にありがたい。

機材はもちろん全て自前。一緒にユニットを組んでいる相方からも、コンデンサーマイクやヘッドホンの分配器など、たくさんの機材を借りた。

みんな口を揃えて「中学生のためなら」と言う。
(中学生のみんな、見えないところでもいろんな人に支えられてて、応援されているよ。)

【『心がいつでも戻ってこれる場所』をプレゼントしたい】

3年生は、どんなことにも一生懸命、真正面から取り組む子達だった。行事を見ていても、授業を見ていても、あまりに真っ直ぐで少し心配になるくらいだ。

そんな彼らにもいろんな日々があるのは、授業中見ているとすぐに伝わってくる。やる気に満ちた顔、わくわくしてる顔。ちょっぴり元気がない日の顔を見つけた時は、もどかしかった。何かできることはないかと考えるけれど、授業でしか関わらない自分にはゆっくりと話す時間もない。それに、非常勤講師がそこまで突っ込むのは図々しい気もする。結局、その日の授業内容をそっと調整するくらいしかできなかった。

そんな3年生と、歌が歌えることになった。
歌でなら、言葉にはできない想いまで、いろんなことが伝えられそうだ。
嬉しかった。

そして、3年生とだからこそ、歌いたい歌があった。

今回レコーディングした「シャララ」という曲は、丹波山村の星空の美しさから生まれた。『最高の未来をめいっぱい自由に思い描いて、胸を張って歩いて行こうぜ!』そんな歌だ。この歌ができて、真っ先に中学校のみんなが思い浮かんだ。

これからの人生でいろんなことが待ち受けているだろう彼らが、挫けそうになった時、しんどくなった時、思い出したらちょっぴり元気になれるような『心がいつでも戻ってこれる場所』をプレゼントしたかった。

【時間とのたたかい・譲れないこだわり】

当初は、レコーディングを体験させてあげたいとか、最後の思い出づくりの一つになればいいくらいに考えていた。でも、活動を進める中で3年生たちが気付かせてくれた。真剣に、みんなで取り組むからこそ生まれる「価値」がある。そうして、少しずつ方向性が変わっていった。

サビだけを一緒に歌う予定だった歌は、全編通して歌うことになり、もっと踏み込んだレコーディングになっていった。本人たちの希望もあり、練習回数も増えた。そして、自分たちの思い出づくりでなく、その歌がどこかの誰かに寄り添って一緒に歩いて行けるような、力のある応援歌を生み出そうと進み出した。

一緒に取り組むことでやりたいことは増えていき、時間はどんどん足りなくなった。

自分がこれまでの経験で得たことも共有した。「音」ではなく「気持ち」を録ること。伝えようとしなくても、音楽は正直だから全部伝わってしまうこと。だからこそ、レコーディングでは ”うたを生きる” こと。歌詞の意味を一緒に考え、確認しあった。歌に気持ちが乗るようになってくると、聴き手が感情移入できる余白をつくってあげる大切さや、自分なりのその方法も伝えた。

歌声はどんどん変わっていった。

最後に全部のテイクを聴き比べると、最終日の声がダントツに良い。それは、ちゃんと聴く人の居場所があって、聴いているといろんな想いが生まれてくる声になっていた。

…結局、録り終えたのは卒業3日前だった。

そこからはほぼ記憶がない。とにかく一心に、動画編集・音声編集に取り組んだ。鼓動は早く、呼吸も浅くなっていたように思う。徹夜明けの卒業式、CDが完成したのは受付時間前ギリギリだった。動画は、式のあとすぐに戻って編集を続け、なんとかその夜に公開できた状態だった。
(だから、みんなで一緒に見ることはできていない。)

【卒業生に伝えたいこと】

さらさらと流れる丹波川。一斉にさえずり始めた鳥たち。
今、目の前には、春のうららかな景色が広がっている。
ちょっぴり切なくて、胸がぎゅーっと締め付けられる別れの春。
命たちが動き出す、始まりの春。

正直、声のバランスや音質など、もっと丁寧に確かめながら進めたい部分はあった。(自分の声が大きすぎた気がするのです。ごめんね。)
それでも、やろうって言って良かった。
こうやって形にして、本当に良かったと思っている。
忘れかけてた大切なことに気が付ける、素敵な時間でした。

卒業生のみなさん、心から、ありがとう。

これからも、みんなのまんま、変わり続けることを楽しんでください。
元気で過ごしていますように。
同じ星空を見上げながら、祈っています。

さて、次は誰と録ろうかな。

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