あの子と同じ、海を越えて。
あの子がまたこの場所に来る。
あの子が海を越えてこの場所に来る。
久しぶりに「どうしてるかな」と思って、いや、それは度々考えてしまっているんだけど、勢いで連絡をしてみたら、とんとん拍子に。
「さて、どんなワインを飲もうか」
初めて出会ったとき、それはもう随分と前、まだ日本にいたとき。あの子はワインに興味を持ち始めたばかりだった。ブルゴーニュのヴォーヌロマネ村のワインを一緒に飲んで、どうやら初めてその村のワインを飲んだようで、あの子はキラキラ目を輝かせていた。
ワインセラーの前に立つ。この国に住むことになって、小さいけれどワインセラーのある部屋を選んだ。いつどんなときでも、ルイナールは手元に置いておきたい。
ブルゴーニュ、ボルドー、シャンパーニュ、あの子と飲んだワインはフランスの記憶しかない。細長い高層マンションが立ち並ぶ外に目を向ける。風が気持ちよく、リゾートらしい夏のニュアンスが顔を出し始めた季節、ストレートにいくなら、シャンパーニュ・・・?
いやいや、それだと面白くない。と思ってセラーから取り出したのは、日本ワイン。日本に一時帰国したとき、北海道のワイナリーに訪れて持って帰った、黒いエチケットの1本。ピノノワールだから、あの子の好みの線。海を越えてこの国にやってきた、あの子と同じ境遇。
「この国で日本ワインが飲めるなんて、思わなかった!」
あの子はヴォーヌロマネ村を飲んだときと同じように、キラキラとした目で言ってくれた。「さすがです」の言葉に、心の中でガッツポーズ。
まだ可愛らしくも、凝縮感があり、樽香がふわふわとやってくるピノノワール。北海道、余市のオチガビワイナリー。このチョイス、正解だった。と樽香のようにふわふわ良い気分になってきたとき、
「実は私も1本持ってきてて……」
とあの子。トランクから出してきたのは、鶴の柄の珍しい、日本ワイン?レモンイエローの、ナチュラルで綺麗な液体。
そう、あの子も日本ワインを持ってきてくれた。やられた、こんなエチケット見たことない、これ、どこの?
あの子は説明してくれた。すぐ「今、飲みたい!!」と言った。でもあの子は言った。「今日飲むために持ってきたんじゃない、暫く置いて、飲んで欲しいの」
そうしてあの子は帰っていった。どうしてその時飲ませてくれなかったんだろう。澱を落ち着かせたいから、ってのも分かるけど、こんなに美味しそうな色にこんな個性的なエチケット。このボトルは、どんな顔を見せてくれるんだろう。
その後しばらくして、簡単に海を越えることが出来ない世界になってしまった。あの子と一緒に海を越えてやってきたこのグレープリパブリックのワインは、開けるタイミングもなく、まだセラーに入ったまま。
今なら、あの子がああ言った意味が分かる。セラーを開ける度、頭の奥から覗いてくるあのキラキラした目。
「今、どうしてるのかな。」
ワインセラーには、開けることのできないワインがきっとある。
このお話は、1割ノンフィクション。
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