子は親を選べないなら、当然未来も選べない?
Happy Mother’s Day!
世界のすべてのお母さま、いつもありがとうございます🌹
明日は母の日なので、今回はわたしの母に対する気持ちについてのお話をしようかと😌
わたしと母の関係は、それはそれは密なものでした😌 というのも、わたしの父はわたしが10歳の頃に亡くなったので、母は女手ひとつでわたしを育ててくれました。
母はどちらかというと、いわゆる「父性」の方が強かった記憶があります。「父性」の定義は時代や文化圏によって様々かと思いますが、一旦ここでは「家庭内の権威者」とでもしておきましょうか。
そう、母は権威者でした💪
わたしが寝る時間、お風呂に入る時間、出かけるときに着る服、外に遊びに行く許可、門限……そういった生活の諸々を認可する権限は、わたしではなく母が握っていました。
特に勉強面、および進路面では厳しかったです😇
1日の勉強時間やその内容、進捗は細かく母に管理され、進学する高校や大学はわたしが小学生の時点で既に母に指定されていました。
母としては、社会に出て安定した生活を送れるように自立心を持った人に育ってほしかったそうです。ですが、実際はどうでしょう、自分のことを自分で決められない人に育ってしまいました😭
そう気づいたのは大学3年生の終わり、就活生になったころから。就きたい仕事、その志望先を自由に決めてもいい立場にあるのに、自分はどんな仕事に就きたいのか分からない。特定の業種や職種に興味があるけれど、「この仕事を目指そう」という決意ができない。
どんな仕事に就いても、母親に「これじゃだめ」「これにしなさい」と言われる気がして。
何をするにも母に認めてもらえない気がする。
そういった考えは常にわたしにつきまといました。だから自分の選択に自信を持てない。誰かに選択権を委ねたい。自立できない、主体の無い大人になってしまった。
年齢的にも肉体的にも「自立した大人」であるべき頃なのに、周りの「大人」と比べて劣って見える。わたしは人として何か欠陥があるのかもしれない……と思い悩んでいる中で「アダルトチルドレン」という言葉を知りました。わたしを悩ませる、影のようにつきまとう負の感情——「生きづらさ」の根本原因が親子関係にある人。
確かに母親に"管理"された子ども時代は辛かった。
でも過ぎたことは仕方がない。...そう自分に言い聞かせても、その気持ちは晴れませんでした。
そもそも、わたしは高校3年生の頃、進学先や成績のことで母親と大喧嘩をして、大学進学を機に、母親に払ってもらう学費を「手切り金」として、縁を切ったつもりでした。なのに、どうしてか、母の存在を意識してしまう。
「この選択でよかったのだろうか」
「これじゃ母は認めてくれない」
仕事、キャリア、ライフスタイル…。
何らかの選択を迫られた場面で、目の前に選択肢が無限にあるはずなのに、枝葉を剪定するように、自ら選択肢を断ち切っていく。
——なぜそんなことを?
——たぶん、母の教育のせい。
——じゃあ、わたしはあの母のもとに産まれた時点で、選択できる未来は限られていた?
——どの未来であれ、わたしは一生母を恨んで生きるの?
——困難に陥った時、そのすべての責任を母に押し付けるような「自立できない子ども」であり続けるの?
——それは、嫌。
そう自問自答しているとき、わたしは医療ベッドの上にいました(⁉) 20代半ばに差し掛かったころです。左腹部にしこりを感じ、その正体を突き止めるために色んな病院に通いました。内科、胃腸科、産婦人科…。
極端な性格の持ち主なので、こういう時はついつい「自分は死ぬのかもしれない」と考えてしまいます。そのとき、先の自問自答を心の中で唱えたのです。
結局、身体に重大な異常はなく(例のしこりは便秘が原因でした🤗)、しかし心に抱えた自問に答えを出すため、どうにか母に対する憎しみを克服しようと思い立ち、わたしは母を知ろうと思いました。
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