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「普通」でなくてもいいからこれからの自分の生き方、働き方を見つけることについて

(※今日の内容を音声で楽しみたい方はコチラからどうぞ(^^)↓)


僕は今年の1月で40才になった(いまだに実感が全くない)のだけれど、まあ何というか、一般的な40才の人からすると、ちょっと変わった生き方をしてきている。

普通に会社で働いていて、ある時に精神的に調子を大きく崩してから、いわゆる就職をしていないし、パートで定期的に何か仕事をしているわけでもないし、行くとしても日雇いの単発のバイトくらいだけれど、それもちょこちょこと行っているわけでもない。

まあ、簡単に言うと「無職」に近いかもしれない。

とはいえ、これではいけないと思って週2でバイトに行ったこともあるけれど、1年も経たないうちにまた精神的に体調を崩してしまって「もう自分にはこういう生き方は難しいし、向いていないかもしれない」ということを強く感じた。

就職もできない、同じところにいつも通うパート、バイトも難しい。

正直にいって自分は社会人として、あるいは人間として、もうどうしようもない、けれどもどうしたらいいかわからない、という時期を長く過ごしたし、落ち込んだり自分を責めたりもした。

けれど、そうやっても何にも変わらないということに気づいたし、こうやって生きているだけでもいいじゃないかと例え誰かが言ってくれなくても、まず自分で自分の存在を許すと言うのか、認めることで気持ちはだいぶラクになったし、これからは「自分ができる生き方、働き方」をしていこうと思えるようになった。

お金をほとんど稼がない、持っていないとそもそもお金をたくさん使えないから、生活がものすごくシンプルになったし、支出も徹底的に見直すこともできたし、自分が生きるために何が必要かということも、明確にわかるようになった。

そして、お金がなくてもできることは実はたくさんあるし、楽しいことも多いし、なんというか生活すること、生きることそのものが、僕にとっては遊びのようなものだと感じられるようになってきた。

だから朝起きて猫にご飯をあげたり、掃除したり、洗濯したり、お風呂を洗ったり、ご飯をつくる手伝いをする、洗い物をするみたいな毎日のようにすることも楽しくやっているし、そういうことをめんどくさいことだとも思わなくなった。

あとはなんだろう、雪よせとか小屋の片付けとか、ちょっとしたDIYとか家のことをやったり、あるいは親戚の薪割りとか畑の手伝いに行ったり、もしくは友だちの家の何か作業の手伝いに行ったりなど、まあ就職でもない、パートでもバイトでもないけれど、こうしてみると何かしらやっていることはいろいろとあるし、ごくたまにお金をいただくこともある。

まあ僕がやっていることは、家のことにしろ誰かの手伝いにしろ、お金が目的でやっているのではなくて、自分ができることで自分が楽しいと思えること、そして誰かが喜んでくれることを、ただやっているだけという感覚でいる。

もちろんお金をいただけたら嬉しいことは嬉しいし、僕がただ何か欲しいものを買うみたいなことはもうないから、お金は家族が食べるものとか日用品とか何かするための道具とか、あるいは誰かの活動の応援に使うということになるけれど、なんというか、収入のありなしで自分の活動を限定する必要もないんじゃないかと思うようになった。

どこかに就職して、仕事をしても自分も相手も別に楽しくもないし、幸せを感じるわけでもないことに、自分の時間を使ってただお金だけを手に入れて仕事でたまったストレスをそのお金を使って発散するような生き方はもうやりたくない。

それよりも、お金をもらえる、もらえないに関係なく生きることにちゃんとつながっていて、自分も楽しいし相手も楽しい、みんなが幸せを感じられるような活動をしていきたいし、それはもしかしたらいわゆる「普通」の生き方、働き方ではないにしても、そういうやり方なら僕にもできそうだし、これからはそういうふうに生きていきたい。




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