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苦味の「映画館」

部活の帰り、急いでバスに乗り込み、待ち合わせの新宿駅に向かう。

「ギリギリ間に合うかな?」

「道次第だけどね。」

「一応、メール入れとく?」

「そだね。なんて思われるかわからないからね。」

俺にとっては初めてのデート。実は、告白も彼女が勇気を出して電話をしてきてくれたので、なんとかお互いの意思確認ができた。それまでは、メールのやり取りのみ。メールアドレスの交換だって友達を経由してやっとできたほどだ。俺も彼女もとてつもない恥ずかしがり屋なのだ。こんな2人が「付き合う」と、「メル友」じゃないかと思う付き合い方しかできない。でも、メールは人の2倍3倍くらいした。対面では話せない分、メールでのコミュニケーションが増えるのも当然だ。

さすがにこのままではと思った2人は何度もメールで、

「明日は学校で話そうね」と言って約束をした。でも、なかなか話せない日が続いた。この3ヶ月間でできたのは、目を合わせて会釈をするだけ。こんな惨事をみかねたクラスメイトの友人が、

「週末デート行かない?ダブルでね。」と言ってきてくれた。

恥ずかしながら、この状況を打開するには、もうこれしかないと思っていた。我ながら、他力本願だが、人の手でも借りなければ一生「メル友」からの脱出はできないと感じていた。

迷わず「やろう、頼むよ。」と即答した。

3日後、、、3ヶ月間の「メル友」をようやく卒業できる、、、あと3日、この3日間という期間はとてつもなく長く感じたものだ。

デート当日。家の方向がまったく違うにもかかわらず、友達に一緒に待ち合わせ場所まで行こうと声をかけた。集合場所に着くと、もう彼女たちは着いて待っていた。

いよいよデートがはじまる。最初は彼女たちがリードしてくれて、道案内をしてくれた。前方と後方に2人、2人というフォーメーションだ。新宿駅から新橋駅に向かい、新橋駅からモノレールで目的地に向かうルートのようだ。生憎、電車は混んでいて、座ってゆっくり話すこともできず、現地に到着した。

ここでようやく、4人が会話をした。

「じゃあ何を観ようか?」友達の彼女が切り出した。

「どうしようね〜」と友達が返す。

「何か観たいものある?」と友達が振ってくれた。

ここがチャンスだと思い、これにしようと俺ながらの「男気」をみせてみた。これだけで、半分くらいの体力を消耗してしまった。実は、「デートの時に良い映画」というのを事前に調べておいたのだ。その雑誌には、距離を縮めるには「怖い映画が良い」と書いてあったので、迷わず怖い映画を選んだ。

心の中では「ここまでは順調、予想外なのは、勇気を振り絞って意見を言ったのにだいぶ体力を取られたということくらい」と心の中でつぶやいた。

館内に入ると、映画館独特の明るさで、心が踊った。怖いシーンがきたときに、そっと手を触れてあげる、勇気があればぎゅっと握ってあげたい、、、あわよくば、相手から、、、などという妄想を頭の中で繰り返していた。館内から、始まりの合図を意味するブザーが鳴り、周囲の人たちも各々座席に着きはじめた。自分たちも急ぎ足で座席に向かう。

「ここだ。よし、座っちゃおう。」友達が声をかけてくれた。友達と彼女が座席に着いたので、座席に着こうとしたら階段側に空いている座席が1つしかない。誤って、1つズレて座ってしまったのだ。友達に声を掛けようとしたしたとき、館内が暗くなり、映画が始まった。仕方なく、友達カップルを挟む形で、俺と彼女は座ることになった。

さっきまで思い描いていた「妄想」は「妄想」のまま、頭の中に保存することさえも忘れてしまい、いつのまにか誤って「キャンセル」ボタンを押してしまったのか、すーっと頭から離れていった。

ただただ怖い映画を、1人で耐えながら、自分で自分の拳を力強く握りしめていた自分がいた。

#映画館の思い出

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