医学を身に付けた専門家だけが正しいことを言うとでも?

医師だけがコロナやワクチンのデータを理解できると思っているのか。そんな訳はない。データの分析部分は多少の統計知識を学んでいれば、理解できる。今日は怒りを感じつつ書いています。

ワクチン打つとコロナかかりやすい説が眉唾な訳
医学を身に付けた専門家の合理的な議論が必要だ
 
上 昌広 : 医療ガバナンス研究所理事長

6月9日の記事です。まあまあの発言をする人かなと思っていたのですが、この記事のタイトルを見てびっくり。この記事の主張の何がおかしいのか、私が感じたことを説明してみようと思います。(この記事の元は、第83回アドバイザリーボードのようです)


まず、全体の問題を3つ。

(1)専門家に任せておけ、その他は黙っていろ、という意識
統計学、より詳細には医療統計学を学んだり実践する人は、必ずしも医学を身に付けた人だけではありません。つまり医学を身に付けていない医療統計の専門家もいます。こういう人にも黙っていろ、と言いたいのでしょうか?情報を独り占めしたいと思っているようにしか思えません。
(実際、日本で新型コロナに関する論文が少ないのは、分析ができる専門家に情報が渡らないからだ、という指摘があります。)

(2)ワクチンの効果が下がることは認めながら、このタイトル
ワクチンの効果が下がることは、本文内でも認めています。だから3回、4回と接種しろ、というロジックです。この記事で認めていないのは、ワクチン打つ方がコロナにかかりやすくなる、という部分のようです。(ただし、これを正面から説明する部分は見当たらず、データに疑問があるかのように説明しているだけです。)

(3)ワクチン懐疑派を「眉唾」とひとくくり
データに基づき物事を理解すること。これが大事なのは言うまでもありません。しかし治験が終わっていないワクチンの効果をしっかり見て理解し、やっぱり効果が短かったのだ、逆効果になる可能性を確認する試みでさえ、「眉唾」というひとくくりにしています。データをきちんと確認しようとしている人たちを敵に回したと言って良いと思いました。


続いて細かな部分を見ていきます。

(4)一応厚労省の批判をしている
未記入を未接種に入れていた点については、厚労省を批判しています。厚労省も認めたので、当然です。しかし人口構成がおかしかった部分には何も触れていません。あたかも自分は批判した、という立ち位置を作り、次の「眉唾」へのステップとしているだけに見えます。
「4月11~17日に40~49歳、60~64歳、65~69歳、70~79歳の各世代で、ワクチンを2回接種した人の人口当たりの新規陽性者数が、未接種の新規陽性者数を上回ったという。」確かにアドバイザリーボードの資料をそのまま確認すると、一部連続しない4つの世代で効果がマイナスになっています(グラフ左)。しかし専門家なら、それを見て、何か変だと感じるはずです。右のグラフの方が自然だ、と思うと思います。(グラフは、第83~87回アドバイザリーボードのデータを記載。詳細はこちら

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(5)未接種者と2回接種者の比較可能性がない
これは意味不明です。ワクチン接種者と非接種者は、背景が違うことは確かです。
まず抑えておくべきは、ワクチンの有効性を評価するには、前向きの評価と言われるランダム化比較実験(RCT)が必要です。事前にグループ分けして効果を見る方法です。しかし、今となってはそれができません。だから接種した人、しなかった人のデータを調べています。これを後ろ向きの評価と言います。厚労省が発表しているデータはこれにあたります。
確かに後ろ向きの評価には、様々なバイアスが入ることが知られています。それでも後ろ向きの評価に全く意味がない、とも言えません。細かな分析をすることで、少なくともある程度の傾向を知ることができます。例えば、前回示したグラフでさえ、時間的に徐々に変化している結果となっていて、何かの(つまり効果が下がるという)傾向を示していることは間違いないでしょう。
にもかかわらず、記事ではあたかもバイアスがかかったデータは全く無意味だ、と言わんばかりですね。(それに最近の計算機能力向上によって、大量の詳細データがあれば後ろ向きの評価でも、かなりバイアスを除くことができるんですけどね。)

(6)無症状者が多い中での感染者数を比較する意味がない
95%は無症状だ、日本では症状がある人だけを比較している、だから感染者数を比較しても意味がない、と主張しています。確かに実態とはかけ離れている可能性はあります。しかし、症状がある人の割合が、接種者と未接種者でほぼ同じならば、同じ条件で調べた感染者数にも意味があるはずです。

(7)ワクチン接種群に感染者が多いという観察結果はイギリスだけ?
バイアスがあると主張するのは良いが、イギリス以外でも効果が下がり、むしろ逆効果になりつつあるから、3回目、4回目接種しようとしているのです。これを完全無視し、自分が知らない、と逃げているだけでは?

(8)ネイチャーに論文がない、が理由?
ネイチャーに論文が掲載されるには、いったい何年かかるのでしょうか。論文投稿した人なら、査読の仕組みをご存じのはずなんですが。
新型コロナの状況は日々変化しています。だからこそ、投稿した時点でネット上に論文を載せ、査読が終わったら正式に発表されたことになる、という仕組みができています。

(9)合理的な議論が必要
はい、必要です。しかし悪いのは、正しい詳細情報を出さない厚労省です。正しい情報をしかるべき専門家に渡せば、きちんとした議論ができます。つまり合理的議論を妨げているのは厚労省。しかし「コロナ対策で必要なのは、医学の基本を身に付けた専門家による合理的な議論である。現在の厚労省や専門家には荷が重いと言わざるをえない。」と締めくくることで、あたかも低レベルな議論、頓珍漢な論争が起きるのは、一般人が悪い、と思わせてるように感じます。

(10)その他、いろいろ
・「人口あたりの感染者数」を使うべきを単に「感染者数」としている点は、何かの時の逃げなのか?
・調査で「若年成人、女性、さらに低所得層でコロナワクチン接種希望者が少なかった」としても、実際に接種した人に偏りがあったのかは示されていない。
・「例えば、昨年1月、川崎医科大学の研究チームが発表した論文によれば、ワクチン接種率は高齢者、農村在住者、基礎疾患のある人で高かった。」はあり得ません。昨年1月は2021年1月。ワクチン接種はまだ始まっていません。それに、高齢者で接種率がこれだけ高くなった今、この比較に何の意味があるでしょうか。

記事を読みながら、いったいこの人は何が言いたいのか。言わされているのか、と考えてしまいました。