見出し画像

健康食品業界の最新事情 ――ビューティーサプリメントのECサイト「FUJIMI」


※本記事は月間企業診断2020年8月号への拙稿を基に出版社に許可を得て掲載しております。


1.拡大する健康食品市場

 各種メディアで,その広告を目にしない日がないほど巷間に溢れている健康食品。コラーゲンやポリフェノール,ローヤルゼリー,グルコサミン,乳酸菌など,その機能成分を認知している読者も多いであろう。健康食品市場は,健康寿命の延伸や健康意識の高まりを背景に近年,緩やかに拡大を続けている。
 矢野経済研究所によると,2018年度はメーカー出荷金額ベースで,8,614億3,000万円(前年度比1.9%増),2019年度は8,675億円(同0.7%増)が見込まれている※1。
 そもそも健康食品には,医薬品や医薬部外品のように行政的な定義はない。個別の法令で規定された保健機能食品(特定保健用食品,栄養機能食品,機能性表示食品)に,健康保持や増進に効果があるとされる一般食品を加えて定義する場合が多く,その範囲は明確に定まっていない。また,その利用目的も滋養強壮,生活習慣病予防から血圧・血糖値上昇抑制,整腸,関節痛対策,美容・老化防止に至るまで多岐にわたり,それゆえ種類もバラエティーに富む。
 健康食品業界のメインプレイヤーは,トクホ(特定保健用食品)開発の体力を有する大手食品・飲料メーカーが中心であることに変化はない。しかし,2015年の機能性表示食品の制度開始以降,中小・零細事業者や他業態からの新規参入が増えている。小規模な事業者が製造を外部委託し,製品企画と販売促進に特化したり,農林水産事業者が6次産業化として取り組んだりなど,参入障壁は相対的に低い。
 さらに,大手菓子メーカーが定番のチョコレートに乳酸菌やGABA(γ—アミノ酪酸。快眠や一時的な精神的ストレスを緩和する機能が報告されている)などを加え,機能性商品として大々的な販売促進を仕掛けるなど,保健機能食品の開発競争に拍車がかかっている。
 なお,保健機能食品に該当しない,いわゆる一般健康食品はそのパッケージに効果・効能を表示することができない点には注意が必要である。

2.通販市場は大手事業者の寡占化が進行

 矢野経済研究所のアンケート調査結果によると,健康食品の購入チャネルが,年齢層で大きく分かれていることも特徴的である※2。男女ともに30~40代が「ドラッグストア,薬局・薬店」が中心であるのに対し,健康食品のメインユーザーである50代以上は「通信販売」が大半を占める。
 さらに,その通信販売の形態は,従来のカタログ販売やテレビ通販からECに着実にシフトしつつある。一般的に,ECは購買チャネルの一つであるとともに,商品を訴求するメディアとしての機能も併せ持つ。
 ECでの購買頻度が高まれば,新商品や売れ筋商品コンテンツに,ユーザーが接触する機会も自ずと増える。EC関連サービスの拡充により,小規模事業者でもECモールへの出店や自社ECサイトの立ち上げは容易となったが,SEOをはじめWebマーケティング施策までは手が回らないのが現実である。
 結果的に,ビッグデータ解析をテコにカスタマイズ広告やレコメンド機能など高度なデジタルマーケティング施策を駆使する大手事業者に顧客が囲い込まれ,寡占化が進行する構図となる。実際,TPCマーケティングリサーチの調査では,2018年度の健康食品通販市場は,上位10社による市場占有率が4割を超えている※3(図表)。

図表 健康食品通販市場の企業別販売構成


3.顧客別に処方するECサイト「FUJIMI」

 このような事業環境下にある健康食品通販市場において,「パーソナライズ」と「サブスクリプション」を組み合わせて,新たに参入を試みるスタートアップ企業がある。ビューティーサプリメントのECサイト「FUJIMI」※4を運営するトリコ株式会社(東京・新宿)である。
「パーソナライズ」とは,顧客全員に一律同様の情報やサービスを提供するのではなく,一人ひとりの属性や行動・購買履歴に基づき,顧客別にカスタマイズした情報やサービスを提供することを指すマーケティング用語である。
 「サブスクリプション」とは,商品やサービスごとに購入代金を支払うのでなく,一定の利用期間に料金を支払うサービスのことである。「定額制」ともよばれ、契約期間中は定められた商品を自由に利用できるが,期間がすぎれば利用できなくなるのが一般的である。
同社サイトでは,まず利用者に対して睡眠時間や頻繁に摂取する食べ物などを尋ねる20問ほどのオンライン診断を実施する。そして,その結果に基づき,顧客別にカスタマイズ処方したサプリメント5種類を1日ごとの個包装にして,1ヵ月間届ける直販サービスを展開している。
利用者は,その時々の肌状況に合わせて最適なサプリメントを選び出す手間を省くことができ,仕事で忙しい20代後半~30代の女性を中心に支持を集めている。同社の藤井香那CEO自身,これまでに数多くの化粧品や健康食品を見てきたが,自分に合った本当に買いたいと思える商品が少なかったという実体験を持っており,それが創業の理由になっているという。
 なお,同社のサプリメントは現在,外部パートナーからOEM供給を受けており,自らはインターネットを通じたマーケティングとECサイト運営に特化している。Instagramによる情報発信,オフィスやインテリアに馴染むパッケージデザイン,加えて,処方されたサプリメントの変更や各種問い合わせをトークアプリのLINEを通じて素早く対応するなど,ターゲット顧客の行動特性に徹底的にこだわった顧客コミュニケーションを実践している。
中でも特徴的なのは,同社のInstagramアカウント「SkieNa」(スキーナ)では,自社の商品情報よりも他社の商品を中心に,お勧めのコスメやスキンケア用品の応報発信をしている点だ。化粧品検定1級を要するプロのスタッフたちの商品リコメンドがユーザーの共感を呼び,16万人以上のフォロワーを擁するメディアに急成長している(2020年6月現在)。そうしたかいもあって2018年4月のサービス開始以来,現在までのリピート購入率はほぼ期待どおりという。

4.パーソナライズとサブスクリプション

 ここで,「パーソナライズ」の意味合いを改めて確認しておきたい。実は,「パーソナライズ」とは決して新しい概念ではない。
 たとえば,店頭で馴染み顧客に対して接客方法や提案商品を少しずつ変えることは,以前から当たり前に行われてきたことである。しかし,その顧客対応のためのオペレーションは,オフラインでは質量ともに限界がある。
 一方,オンラインのデジタル空間では,ターゲティング広告やニュース記事の自動通知サービスなど受動的か能動的かを問わず,自分の興味・関心に沿ったコンテンツのみを表示させることは,すでに一般的となっている。
トリコ社は,独自開発した処方アルゴリズムを軸に,オンラインとオフライン双方のメリットをうまく取り入れ,「パーソナライズ」を実現したケースと言える。つまり,過去にもECサイト上に顧客向けアンケートを設置する試みはあったが,そのアンケート結果を起点として,商品・サービスのカスタマイズから定期継続配送に至るまでの一気通貫オペレーションを実装したことに同社サービスの革新性がある,と考えられる。しかも,商品の組み換えは,肌の状態に合わせて肌診断をやり直すことでいつでも組み替えが可能であり,一方的に毎月送りつけるのではない。同社は、サブスクリプションサービスとして定期購入をお勧めしていはいるが、単品購入も可能である。
 「パーソナライズ」と「サブスクリプション」の組み合わせは,一見すると相性が良く,健康食品以外でも衣料品や化粧品,コーヒーなどの嗜好品において,すでに同様のサービスが展開されている。今後,それぞれのサービスにおいて,「パーソナライズによるサブスクリプションの安定化」と「サブスクリプションによるパーソナライズの精緻化」という相互補完性が強まることになれば,さらなる需要拡大につながり,加えて,ECチャネル全体においてもトレンド化する可能性を秘めている。
 すでに述べたように,健康食品はコモディティ市場である。「パーソナライズ」と「サブスクリプション」の組み合わせは,そのコモディティ市場から一歩抜け出すサービスモデルとなるだろう。

※1 矢野経済研究所「健康食品市場に関する調査」(2020年),2020年1月30日発表。本調査における健康食品とは,錠剤,カプセル,粉末,ミニドリンク形状などの健康維持・増進,美容などを目的した食品を対象とする。なお,健康食品市場規模には機能性表示食品,特定保健用食品のうち,当該形状のもののみを含み,これ以外は含まれない。
※2 矢野経済研究所「健康食品に関する消費者アンケート調査」(2020年),2020年3月16日発表。調査時期:2019年12月,調査対象:健康食品を現在購入(摂取)している,またはときどき購入(摂取)している30~70代以上の男女1,000名,調査方法:インターネット,複数回答。
※3:TPCマーケティングリサーチ「2019年 健康食品の通販事業戦略調査」2019年10月15日発刊
※4 https://fujimi.me/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?