反応でする仕事をやめる。
背景
1年くらい前(2019年ごろ)
チームができて、マネジメントをやり始めたころ。
なんでも自分でやろうとしていた、わたしがいた。
- 顧客を担当すること。
- チームをまとめること。
- メンバー管理。
- 事業部全体に関わること。
- その他ちょっとしたPCそうさやツールの使いかた
- Salesforceへの入力のしかた。
などなどなどだ。
ちょうど、会社としてもさまざまなルールを決め、
イレギュラーが起きないように、
ととのえはじめたタイミング。
平日だけでは、しごとが終わらず、
土日含めて家でも、しごとをする日々。
家では3人の子供と妻もいる。
当時のわたしはひたすら反応でしごとをしていた。
すべての原因は、反応でしごとをしていたことにあるのではと
今では思うので
そんな1年前のあなた(わたし)にむけて。
すべての原因はどこにある?
反応でしつづけているしごとにある。
反応しごととは?
反応しごととは、
誰かに何かをいわれてとっさに反応する、しごと。
- ちょっとした頼みごと
- ちょっとした困りごと
- ちょっとした質問、相談
などのこと。
直接言われることもあるが、
言われそうなことまで先まわりしてやっていた。
わたし以外の誰かに言っていることでも気になってしまい
自分でなんとか解決しようとしていた。
最近、話題になっている「繊細さん」のイメージに近いと思う。
反応しごとと、たのまれごとの違い。
この2つは似ているが、微妙に違う。
反応しごと = タスク、短期、自分の能力範囲でできること
たのまれごと = 継続的、中長期、ちょっとチャレンジしないとできないこと。
反応しごとばかりやっていると、
- わたしの時間はどんどん減っていく。
- わたしがやるので、まわりの人がやらなくても良くなる。
- 能力範囲でできるので、自分もまわりも特に成長しない。
こんなことが起きていた。
なので自分が行動できるかぎりは時間をつかい続けて、
どんどん疲弊していっていた。
反応しごとをやめるべきなのか?
これに関しては、違う。
いつまでもやり続けるのはダメだが、やる意味がある。
- 反応しごとをしていると信頼されるようになる。
- 信頼されるようになると、たのまれごとがやってくる。
- たのみごとをやってもらいやすくなる。
- 自分にとっての反応しごとは、だれかにとってのたのまれごと。
だと気づく。
いまだからこう言えるが、
やることでパンパンになっているにもかかわらず、
やっていることがそんなに変わらず、
いつもいそがしそうで、
成長実感もあまり無い。
やりたいことがあるのに、
時間がさけない、時間がかかる。
となってから、やっっっと誰かに助けを求めた。
そうして誰かにたのむことができた。
その当時は助けようとしてくれた人もいたが、
任せていなかった。
たのんだというより、助けてもらった。
に近い。
いまのわたし
反応しごとも当然やっている。
ただ、たのみごともできるようになった。
半々くらいでできている。
たのみごとができるようになったことで、
何倍にもやりたかったことが進んでいる
実感がある。
反応しごとについては、
やった方が良い。
ただ、やり続けるのは、よくない。
かんきょうや、あいてによって使い分ける必要はある。
一つのめやすとして、
これは考えなくてもできるな!
と思ったものは、だれかにたのむことをおすすめする。
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