ママは強し

#不思議 です。

(※この話は作家の中山市朗先生に話を提供し「怪談狩り」シリーズに収録されております)

友人の居酒屋のオーナーさんは同学年ということで意気投合して独身の頃はよく飲みに行ってまして。
そのオーナーさんは合気道と空手の猛者なんですがお化けや幽霊といった類が嫌いで怖い。
どれだけ怖いかというと、ある日常連の男性が怖い話をしてて「ここではやめてよ」と柔らかく窘めたオーナーさんに何を勘違いしたのかニヤニヤしながら「オーナーさん、大丈夫〜?あの奥の水場さ、変な音時々しない?あそこに女の人立ってるよw」と言って帰っていった。

オーナーさん、お店の閉店は深夜を超える。
23時半の閉店(予定)にはバイトの子を返して1人で作業する。
私はこの常連さんのような嫌がる人にワザと意地悪(本人は冗談やイタズラ感覚)するのがとても嫌で、閉店の時間に大丈夫?と聞いたら涙目で
「お"願い"〜、一緒にい"でぇぇぇ〜」と半泣きで返されたのでビールを追加して閉店作業を手伝うことにした。
水場は怖いので私が洗い場作業を代わりレジに集中してもらいました。

それから、なぜ音がするかということも幽霊じゃなく、実際問題ビルの古さや排水管が当時冬場だったので水が流れる時に外気温の差などでパキッとかゴゴゴという音が他の排水管伝わる音だということも伝え。
オーナーさんは信心深いので水周りは綺麗にしてて嫌な匂い一つしない。そういうことも含めて話していると別の常連のIちゃんが来た。
「ナニナニ?まだ店開いてるのー?」
いや、閉店作業手伝ってるんだよ。
そう言ってたら
「じゃあ、終わったらハシゴしよーぜー」とIちゃん。
そのままバブル期に立った誰が呼んだか【飲み屋ビル】の中の一つに行くことに。

そこはバブル期に5階建のビルが建ち、全てがバーやラウンジという複合ビルでしたがバブル衰退後は40軒近く入っていた店も一桁に。
その中でも奥まったカウンターのみのお店に初めて向かい、女優の山本陽子さんのような素敵なママさん(以下、陽子ママ)が「いらっしゃい、あら、Iちゃんこちらの方初めてね♡」とIちゃんは私を紹介、オーナーさんと陽子ママは顔見知りらしく軽く挨拶をしていた。

しばらくたわいもない話をした後、なぜ私が残っていたのかをオーナーさんが、「今日怖い話聞いちゃって、怖くてへなちょこさんに残ってもらったんです〜」と話した。
時間は深夜1時過ぎ、私は出入り口のドアに近い場所に座っていて、時々ドアが開いて隙間からチラチラロングの髪の女性が覗く気配がしてて、ほっそーいヒールの足音もコツコツと歩いているのでお客さんかな?それとも他のお店に来てるのかな?なんて思いつつ、
この奥お店あるんですか?と陽子ママに尋ねると「今はうちともう一軒だけよー。でも今夜は早々に上がっちゃったみたいね」と穏やかに話す陽子ママ。

すると、
「そういえばここって出るんですよねー」
と落語や歌舞伎の幽霊が登場する仕草をしながらIちゃんが告げた。

「えええ?!」
オーナさんの顔色が血の気を引いたようになった。やっと落ち着いたのにぶち壊したIちゃんに「Iちゃん、あんたオーナーちゃんが怖いって言ってたの聞いてなかったの?!」と窘めた。なのにヘラヘラしながらえー?聞いてなかったーと続ける既に酔っ払いのIちゃん。
後日〆た。

オーナーさんがドキドキしながら
「あの…さっきからお店の前を行ったり来たりする足音とか、時々ドア開けて見てるのって…」

ああ、オーナーさんにも見えてたのか。
ロングの髪で前髪思いっきりカールして立ち上げたあの髪型を見ていたし、足音も含めて全員が感知していた。

陽子ママがオーナーさんの怖がりを察知して、「怖がらせちゃってごめんなさいね。うちの前の店から出てるらしいの、害は無いのよ。ほら、バブル期のワンレンボディコンで現れるじゃない?だから私あの幽霊のことバブルって呼んでるのw」
その陽子ママのネーミングセンスに思いっきり怖さが削がれた。
が、陽子ママ「でも怖がらせちゃってるところはあるわねー」とまるで自分のお店の事のようにオーナーさんに、怖かったわね、ゴメンね。と素敵なフォローが。それでふっと緊張の空気が和らいだところに
ドアを挟んで向こうでドアの下方をガツッッ!!と数回、明らかに足で蹴ってる音が。

これにはさすがに私も驚いてビクッと反応したのですが、陽子ママは「ちょっと失礼…」とドアの扉を開けて

「うっせぇ!!バブル!!前髪チリチリにしたろか!!」

それまでのママとは想像がつかないものすごいドスの効いた声が廊下に響いた。
カツカツ…カッカッカッカッカッカッ!!と誰もいない廊下を走って遠ざかる音だけ響いていた。

向き直ったママは女優のような輝きの笑みで、
「みなさんもう一杯飲みません?これは私の奢りw」と可愛く言ってたけど!ドス効いた声の時、ママの背中しか見えなかったんですけど!

陽子ママの方が怖いよ、と思いながらも厄落としがてら奢っていただきましたw
帰り道、前髪チリチリになったバブルの女を想像してしまったのはここだけの話。
#不思議

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