見出し画像

好きな小説4選

2018年12月4日に自サイトでtumblrで公開した「アドベンドカレンダー企画」から「本(一般向け)」の記事を転載し、加筆したものを公開します。読書の参考になれば幸いです。

   *

一般向けといってもライトノベルに分類されない、と思われるものを雑多に投げ込んだ。今回も、明日同じ質問をしたら別の作品が返ってくるだろう。でも以下の四作品もちゃんと好きな本だ。

1:冲方丁『ばいばい、アース』

初めて読んだのは単行本版の上下巻だった。天野喜孝氏の美しくも妖しい装画に、その上下の本は、両手に持てば人を害す鈍器となりうる分厚さを誇っていた。
そしてそれに違わぬ重厚な物語で、私は冲方丁という作家を知ったのだ。

人々は猫や鼠といった動物の形をまとっている場所で、彼女、ラブラック=ベルはたった一人の「のっぺらぼう」だった。花咲く大剣を手に、外の世界に出ずるため、彼女は門を叩く。

ファンタジーの皮を被ったSFが、私は大好きだ。
こう書いてしまうとネタバレしてしまうかもしれないが、そんなことが瑣末になるくらい、この作品の世界観は凄まじく作り込まれている。

まずベルが持つ剣が〈唸る剣〉と書いて「ルンディング」というルビが振られている。「月瞳族」が「キャッツアイズ」で「水角族」が「ミノタウロス」である。どうだ、中二心をびんびんにくすぐってこないか。

独特な戦闘シーンやキャラクター同士の掛け合いの中に、はっとするような形で紛れ込むのはこの世界の裏側に秘められた退廃感、終末感とも感じられるような「文明の終わり」だ。そして「いま」を生きているベルはその「はじまり」を担う。戦いの物語だが、世界が開かれていく物語でもある。

ルビを用いていることに代表されるように言葉遊び的な要素が多数あり、物語の根幹を担っている。言葉は文化だが、その文化を如何様にも変質させ、反転させることすらできるという世界の豊かさを示すような作品だと思う。

<追記>
冲方丁さんの最新刊は『マルドゥック・アノニマス』第5巻です。

「マルドゥックシリーズ」も好きですね。傷付いた少女が暴力の世界に飛び込んで、相棒の喋って変身する鼠とともに生を勝ち取るのが第1シリーズ『マルドゥック・スクランブル』です。興味がありましたら是非に。


2:恩田陸『麦の海に沈む果実』

これも私の愛読書の「サビ」のような作品で、好きな恩田陸作品はと尋ねられると「麦海……いや光の帝国……いやネバーランド……」みたいな答え方になる。

湿地のただなかにあるわけありの子どもたちが集められる学園で、たった一人、三月に転入してきた理瀬。彼女には過去の記憶がすっぽり抜け落ちており、不安な学校生活を送ることになってしまっていた。多くの生徒たちとの関わり合いの中でいくつかの事件が起こるが、やがて死者が出てしまい……。

閉ざされた全寮制学園。記憶のない少女。お茶会。謎解き。舞台となるのが湿地帯にある学園なので、常に暗雲が立ち込めているような鬱々とした雰囲気がある。理瀬の不安な気持ちは文面からにじみ出ていて、少女漫画のヒロインのように発生する出来事や事件に反応して彼女は怯える。だが度々、彼女の知性のきらめきが、失われた過去を想起させるのだ。
彼女はいったい何者なのだろう。そう思ったところで物語は大きく動き、学園が揺らぐ。一つの王国が滅ぶか否かの瀬戸際のように。

閉鎖空間的な学園というモチーフが好きになってしまったのはこの作品の影響だと思っている。
謎めいた主人公(美少女)に、彼女がほのかに想いを寄せることになる思わせぶりな男子生徒、彼女に好意を寄せる異国人の美少年など、少女漫画的な要素が多く、いまでも度々読み返す。その度に「好き……!」と震える。
きっとこの作品が好きな方は、冒頭に登場する詩篇を口ずさんだことがあるはずだし、窓辺に彼が座っていないか思い巡らせたことがあるだろう。

<追記>
最新刊は『ドミノin上海』なんでしょうが、恩田陸という作家を特別有名にしたのはやはり直木賞受賞作『蜜蜂と遠雷』だと思います。

エッセイに時々書きたいもの、構想しているものの話をしていることがあり、それが実際に刊行されているようなので、エッセイもおすすめです。


3:多崎礼『夢の上』

好きなキャラクターには幸せになってほしい。好きな人と結婚してほしいし円満な家庭を築いてらぶらぶ生活を送ってほしいし、子どもを可愛がって、毎日幸せだなあと実感してほしい。
だが物語の美しさを思ったときに「どうやったって幸せになれない」キャラクターに時々巡り合ってしまう。アーディンの存在に私は悶え打った。

空が失われた王国で、王位継承権を持つ"王女"として生まれてきたアライス。彼女を取り巻く人々の視点から語られる、王国の闇を払い、朝を迎えるまでの物語。

アーディンはこの作品中、後にアライスを擁立して立ち上がるケナファの一騎士として登場する。ケナファ侯たるイズガーダの側近中の側近で、イズガータとは互いに信頼し合っていてどうやら想い合っているのだが、お互いに口に出さない。しかも一生。
だが報われていないわけではなく一生分の信頼を置かれているし、大事なときに必要な人の尻を叩く役目を担い、弱っているところを見せずいつも泰然と振る舞っている。こういうのを不憫と言うのだろう。とにかく尽くして尽くして、それを本人が苦と思っていない尽くし方で、読んでいるうちに彼の幸せを願ってしまうようになってしまった。しかも本編後の未来に当たる外伝の話では、その愛した人の娘にまで想いを寄せられ、のらくらと逃げる。これを愛さずになんとしよう?(聞かれてもという話だが)

ついアーディン愛を語ってしまったが、本編三巻と外伝一冊から成る「夢の上」シリーズは様々な人の物語が次から次へと繋がっていくのが非常に面白い作品で、終盤、王国の命運を賭けて戦うところでは、これまで「夢」を託してきた人たちの思いがどうか届きますようにと祈らずにはいられなかった。

<追記>
文庫版が出ました! 手に取りやすい!

私の最推し騎士アーディンをよろしくお願いします!


4:村山早紀『はるかな空の東 クリスタライアの伝説』

子どもの頃、毎週のように図書館で借りていた本がある。
大理石を思わせる表紙、中央に花冠をいただき片翼を負った少女がいて、左下には遠い何かを見つめるお姫様のような少女がいる。彼女たちの周りには三つの月や、どこまでも続く山並みや大地、野の花が描かれている。
児童書といえばどこか古臭いイラストやデザインのものばかりで、そのタイトルと表紙はとても目を惹いた。私が好きな「ゲームのような」(当時はファンタジーをそう表現することしか知らなかった)作品かもしれないとページを開き、一気に魅せられた。
そのときから「こんなお話が書きたい」と思い、いつしか「こんなファンタジーが書きたい」という思いに変化して、その思いはいまも胸の中にある。

小学生のナルは少しこの街の人たちと違う異国的な顔立ちをした小学生。音楽を愛し、自分を大切にしてくれる叔母のハヤミやその友人のミオといった人たちに愛されながら暮らしていた。しかし自分と瓜二つの少女と夢の中で邂逅した日、自分が別の世界からやってきたことを知る。

異世界転移ものである。しかもこの場合の「生きて帰りし物語」は、あちらの世界からこちらの世界にやってきていたナルがあちらの世界に戻る、というものになっているのだ。ゆえにこれは故郷を知らない少女が帰還するお話だ。

叔母だと名乗っていたハヤミは実は血の繋がりのない後見人であり、その周囲の人たちともども「魔法使い」である。ナルは彼女たちの守りがない中で元の世界に戻ってしまうが、偶然「言葉が通じる」力を秘めた石を手にしていたため、元の世界に帰還してもなんとか言葉が通じ合わせることができた。
だが何をすべきかもわからない小学生が草原のただ中に放り出されてもRPGのようにはいかない。
そこで登場するのが紋章の歌い手と呼ばれる水晶姫・サーヤ・クリスタライアである。

歌の上手い、人から尊敬される、心優しくて勇敢なお姉さんであるクリスタライアは初読のときから憧れだった。ただの歌い手ではなく旅慣れていて短剣を使うこともできる。彼女に導かれてナルは自らの使命を果たすのだが、クリスタライアはこれ以上なく儚く美しく、そして強い導き手として最後までナルに道を示す。サブタイトルの「クリスタライアの伝説」とは彼女のことをも指していると思う。

文庫版として発行されたものは、その後のナルたちの物語の行方を想像させる書き下ろしが収録されている。なかなか衝撃的な内容だったが、ああきっとそうなるだろうなと思わせたのは繰り返しこの作品を読んできたからだろう。
強い執着や愛が起こしうる出来事はきっと彼女たちの冒険のクライマックスで、いつかもう一度会えるという約束を彼女たちはきっと果たしたことだろうと思う。
いつの日かその壮大な物語を読める日がやってくればいい。

いまも昔も、大事な物語の一つである。

<追記>
最新作は『ひみつのポムポムちゃん とつぜんのシンデレラ』と『魔女たちは眠りを守る』です。

近頃はどちらかというと、現実に生きる私たちをそのまま遠くも近しい場所に連れて行ってくれる現代ファンタジーの作品が多いでしょうか。
優しい現代ファンタジーも好きですが、いつかがっつりファンタジーが出るといいなあとも思っています。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?