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【試し読み第2話】エラー:お探しの条件に合うお相手は見つかりませんでした


 ──数日後。
〈新宿着きました!〉
〈私もさっき着きました〉
〈東口に向かいますね〉
〈私も向かいます〉
 改札を出て、デジタルサイネージの前に立つ人々の間を潜り抜ける。
 人通りが多い。遥は眉をひそめた。人にぶつからないように気をつけながら、素早くスマホのチャット画面を開く。
〈地上ですよね?〉
〈はい、今交番の隣に着きました〉
 おっと、もう相手が到着している。遥は急ぎ足で階段を上った。梅雨が明けたばかりの今日は、階段を小走りするには少々しんどい。マスクの下で軽く息を切らして遥は交番に向かった。
 地上にも人がごった返している。
 遥はスマホの画面からプロフィールページを開いて、写真を確認した。
 マッチングアプリはノーマスクの写真が良しとされているけれど、リアルにいる人は皆マスクをしているから、目元で判断するしかない。きょろきょろと辺りを見回しながら、それらしい人を探す。
 一人、背の低い女性がつまらなさそうに腕を組んでスマホを眺めながら立っているのが目についた。遥は、彼女が今日の待ち合わせ相手だと直感した。おそるおそる女性に歩み寄る。
「千尋さん?」
「…ええ、そうです」
「あ〜よかった!私です!私、遥です!」
 待ち合わせ場所に居た千尋の表情は、その顔を覆う大きなマスクでわからない。しかし、かすれた小さな声が緊張と性格を物語っている。千尋はその色の白い肌を、黒いトップスとパンツで包んでいた。足元は布地のスニーカー。一見、短髪も相まって男性のように見えなくもないが、どこかコケティッシュな所作と華奢な体躯が彼女の性別を明らかにしていた。
「大きいですね」
 千尋が遥の目を見て言った。こちらを見上げる瞳は紺色をしている。
「え?」
「…背」
「ああ、でかくてびっくりしました?」
「まあ、はい」
「私、一六七センチあるんですよ〜!千尋さんは何センチですか?」
「…一四八センチです」
「いいな〜!そのくらいが良かったな。私なんか、ヒールとか履いたら大女になっちゃって!」
 あはは、と笑いながら隣の千尋の表情を盗み見る。緊張で強張ってはいるが、たしかに小さく笑っている。何気なくそのまま千尋の顔を見つめていたら、その切れ長な目が遥を捉えた。
「どこに行きます?」
「あ、えと、どうしよっかな。新宿あんまり詳しくなくて…」
「だったら、行きたいカフェあるんですけど、そこでいいですか?」
「ぜひ!助かります!」
 そのまま千尋はスタスタと歩き始めた。慌てて遥も歩き出す。
「千尋さん、新宿はよく来るんですか?」
「そこそこです。一年生の頃に大学の飲み会で歌舞伎町によく来たかなってくらい。コロナになってからはたまに買い物に来る程度です」
「そうなんですね~」
 …初対面だからまだ距離感がつかめない。足の爪先のペディキュアを見つめながら、千尋と肩を並べて歩く。遥はこのお互いに距離感がつかめない最初の時間が嫌いだった。
 うう、早く仲良くなりたい。
 ちらりと千尋を盗み見る。
 千尋も、自分の足の爪先を見つめながら遥の様子をうかがっているようだった。
 黙々と足を進めて数分は経っただろうか。
「ここです」
 ふと千尋が足を止めた。視線の先には地下へと続く細い階段。
 地上には小さな看板が立っている。写真をペタペタと貼り付けて文字を書いただけの質素な看板。フレンチトーストの写真に目を留めて、遥は小さく歓声を上げた。
「へえ、美味しそう!」
「…入りましょうか」
 遥のポジティブな反応に安心したのだろうか、そう言った千尋の声は駅前で会った時よりもはっきりと聞き取れた。

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