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アンヘドニアという「つまらない病」

皆さんこんにちは、津島結武です。
皆さん、人生楽しいでしょうか?
今回は、「人生つまらない」「何しても楽しくない」という「つまらない病」、アンヘドニア(anhedonia)についてお話ししていこうと思います。


アンヘドニアとは?

まずはアンヘドニアについて簡単に説明しましょう。

アンヘドニアとは、快楽・ 喜びを享受する能力の消失のことで、うつ病の中核症状の一つとしても知られています。
つまり、「何をしてもつまらない」という状態のことを言います。

海外ドラマ「シャーロック」を見ていた方は、ベネディクト・カンバーバッチ演じるシャーロック・ホームズが「つまらん、つまらん!」と言って壁に銃を撃ち放すシーンが印象に残っていると思いますが、そのような状態はアンヘドニアと言ってもいいのかもしれません。

この言葉は、日本では「快感消失」や「無快感症」と呼ばれることもあるようです。

アンヘドニアは統合失調症の陰性症状、大うつ病性障害、PTSD等の一症状として知られています。

アンヘドニアと自殺念慮

アンヘドニアは快楽・ 喜びを享受する能力の消失を示す症状ですが、これが発展すると自殺念慮に結びつきます。

Winer, Drapeau, Veilleux, & Nadorff(2016)は、アンヘドニア、自殺念慮、自殺企図の関係を、学部生を対象とした大規模なサンプルで検討するために、アンヘドニアを測定するSpecific Loss of Interest and Pleasure Scale (SLIPS)、抑うつ症状を評価するCenter of Epidemiological Studies Depression Scale (CES-D)、自殺傾向を評価するSuicidal Behaviors Questionnaire-Revised (SBQ-R)の3つの質問紙を参加者に答えさせました。

アンヘドニアと自殺関連行動の間に興味深い関連があることが明らかになりました。
特に、アンヘドニアは、抑うつ症状の重症度を考慮しても、自殺念慮と関連することが判明しました。
この発見は、アンヘドニアが自殺念慮の独立した危険因子である可能性を示唆しており、この症状を経験した人の早期発見と介入の必要性を強調しています。

快楽体験とアンヘドニア

快楽体験は、私たちが日常的に感じる喜びや楽しみの概念を含んでいます。精神病理学の分野では、快楽に関連する様々なカテゴリーや要素が研究されてきました。
特に、快楽能力(hedonic capacity)アンヘドニア状態(anhedonic state)という2つの側面が注目を集めています。

快楽能力とアンヘドニア状態

快楽能力は、喜びを持続的に体験する能力に関連しています。
一方、アンヘドニア状態は、喜びの欠如を指します。
この2つの要素は、精神病理学者のMeehl氏とKein氏によって提唱されました。
快楽能力の障害には、期待の喜び(anticipatory pleasure)と完了の喜び(consummatory pleasure)の欠如が含まれるとされます。
これは、喜びを得るための動機づけや経験に問題が生じていることを意味します。

快楽体験のタイプ

快楽体験は、刺激と経験との関連に基づいて、いくつかのタイプに分類されます。
それは次の3つです。

  1. 期待の喜び(anticipatory pleasure):未来の楽しみや期待によって生じる喜びのことを指します。

  2. 完了の喜び(consummatory pleasure):活動や体験の終了時に得られる喜びを指します。

  3. 想起の喜び(remembered pleasure):過去の楽しい経験を思い出すことによって生じる喜びを指します。

アンヘドニアを構成する要素

上記の3つのタイプに加えて、アンヘドニアを構成する要素として、動機づけのアンヘドニア(motivational anhedonia)も挙げられています。
これは、行動を起こすための動機づけや興味を失っている状態を指します。

大うつ病性障害とアンヘドニア

大うつ病性障害のアンヘドニアは、期待の喜び、完了の喜び、想起の喜びの3つの快楽が相互に強く関連しているとされています。
快楽体験の低下を評価する際には、これらの喜びを区別することが重要だと指摘されています。

また、大うつ病性障害におけるアンヘドニア体験は、抑うつ気分に伴うものではなく、離人症に近い感情の喪失感を持つ質的な感情症状とされます。
うつ病性障害患者は、アンヘドニアを非精神病性症状として認識していることが多いとされています。

統合失調症とアンヘドニア

統合失調症においては、期待の喜びよりも完了の喜びが障害される傾向があるとされています。
また、陰性感情や認知の偏り、他の精神症状、劣悪な社会生活などがアンヘドニアの要因として考えられています。
特に、顕著な陰性症状を有する統合失調症患者では、期待の喜びや動機の喜びを経験する能力が欠損することがあるとされています。

また、統合失調症におけるアンヘドニアは、主に対人関係に楽しみを感じる能力が喪失し、特有の思考障害や陰性症状と関連して現れるとされています。
このため、感情の消失が自覚されていないことが多く、苦痛を伴うことが少ないとされています。
一部の研究では、統合失調症質パーソナリティ障害との類似性を指摘し、統合失調症質パーソナリティ障害様のアンヘドニア体質(trait-like anhedonia)を持つ者は、統合失調症と非常に類似していることが示唆されています。
これにより、症候学的な区別が非常に困難となっています。

アンヘドニアの原因

内的要因

アンヘドニアの原因として、内的要因が一つ考えられます(Gorwood, 2022)。

アンヘドニアの重症度は、腹側線条体(側坐核を含む)の活動の欠損が関連しており、ドーパミンの役割は極めて重要です。

また、アンヘドニアは、前頭前野の腹側領域(腹内側前頭前皮質と眼窩前頭皮質を含む)の活動の過剰とも関連しており、報酬系以外の機能も影響しているようです。


また、アンヘドニアは女性ホルモンであるエストラジオールの離脱にも関連しているという研究があります。

Navarre, Laggart, & Craft(2010)は、実際に妊娠を経験した雌ラットとホルモン刺激妊娠(HSP)を行った雌ラットのショ糖(スクロース)への嗜好性を比較しました。

その結果、HSPラットは「産褥期」の最初の3週間で、ビヒクル対照ラットよりも1%スクロース溶液への嗜好性が有意に低かったのに対し、実際に妊娠を経験した雌ラットは、非妊娠対照ラットと比較して、産褥後最初の1-2日間でわずかに嗜好性が低下するだけでした。

さらに、エストラジオール離脱後のHSPラットでは、ショ糖への嗜好性が抑制され、デシプラミンによる前処置では回復されることが分かりました。
さらに、セルトラリンの慢性投与により、嗜好性はさらに抑制されたのです。

これらの結果から、HSPラットにおいて、産後の初期にアンヘドニアを引き起こす可能性が示唆されます。
一方、実際に妊娠を経験した雌ラットでは、このような効果が現れにくいことから、エストラジオールの劇的な減少以外の産後のホルモンの変化が、エストラジオールのネガティブな気分への影響を緩衝している可能性が示唆されるというわけです。

外的要因

アンヘドニアを含むうつ病は、意外にも外的要因の可能性も研究されています。

その一つが物質使用障害です。

Destoop, Morrens, Coppens, & Dom(2019)は、アンヘドニアと物質使用障害との関係、および気分障害との併存性に関する知見の現状を整理するために、32件の論文をレビューしました。

その結果、アンヘドニアは物質使用障害と関連し、その重症度はうつ病を併存する物質使用障害で特に顕著であることがわかりました。


また、Wang, Ishima, Zhang, Qu, Chang, Pu, ... & Hashimoto(2020)は、抗生物質投与により微生物叢が枯渇したマウスを用い、糞便微生物叢移植(FMT)の効果を調査しました。

この研究では、慢性社会的敗北ストレス(CSDS)を与えたマウスと、CSDSに暴露していない対照群を用いました。
両群から糞便微生物叢を採取し、抗生物質投与により微生物叢が減少したマウスに対してFMTを実施。
その後、研究者らは16S rRNA分析を行い、腸内細菌叢の組成を評価しました。

その結果、CSDS感受性マウスの糞便微生物叢を摂取すると、抗生物質投与マウスではアンヘドニア様表現型が出現し、快感を経験する能力が低下することが特徴的でした。
また、これらのマウスでは、炎症のマーカーであるインターロイキン-6(IL-6)の血漿中濃度が高くなり、脳の気分調節に関与する部位である前頭前皮質(PFC)のシナプスタンパク質の発現が低下しました。
興味深いことに、これらの効果は水処理マウスでは観察されなかったことから、抗生物質処理による微生物叢の枯渇が行動の変化に重要であることが示唆されました。

さらに16S rRNA解析の結果、FMT後の抗生物質投与マウスにおけるアンヘドニア様表現型の原因として、ラクトバチルス・インテスティナリス(Lactobacillus intestinalis)ラクトバチルス・ロイテリ(Lactobacillus reuteri)という2つの特定の微生物が示唆されました。
さらに、これら2種類の微生物を14日間摂取させる実験を行ったところ、うつ病やアンヘドニアに似た表現型が見られ、血漿中のIL-6濃度が上昇し、PFCのシナプスタンパク質の発現が低下しました。

つまり、アンヘドニアの原因となる2つの微生物の存在が示唆されたのです。

ストレス

次に心的要因としてのストレスです(Stanton, Holmes, Chang, & Joormann, 2019)。
ストレスは動物や人間の報酬探求行動を減少させることが多くの研究で示されています。
そしてそのメカニズムとして、ストレスが報酬回路に影響を与えていることが考えられます。

報酬処理に関与する脳内回路は、中脳、線条体、前頭前皮質、扁桃体、視床下部などの複数の領域からなります。
ストレスはこれらの回路に影響を与える可能性があり、特にドーパミン神経伝達に変化をもたらす可能性があります。

さらに、ストレスはエネルギーの恒常性を維持するためのシステムにも影響を与えることがあります。
例えば、ストレスはグルカゴン様ペプチド1(GLP-1)という物質の放出を促進することがあります。
GLP-1は食欲を抑えたり、血糖値を調節したりする作用がありますが、同時に報酬処理にも関与しています。
GLP-1は中脳や側坐核に作用してドーパミンの放出や受容体の感受性を変化させることがあります。
その結果、報酬に対する反応や動機付けが低下し、無気力な状態に陥る可能性があります。

アンヘドニアの治療法

薬物療法

アンヘドニアを治療する方法として、まずは薬物療法が挙げられます。

Cao, Zhu, Zuckerman, Rosenblat, Brietzke, Pan, ... & McIntyre(2019)は、17件の研究から、14の異なる薬物療法のアンヘドニアの指標に対する有効性が評価されました。

その中には、メラトニン作動薬(すなわち、アゴメラチン)、モノアミン作動薬(すなわち、モクロベミド、クロミプラミン、ブプロピオン、ベンラファキシン、フルオキセチン、アミティファジン、レボミルナシプラン、エスシタロプラム、セルトラリン)、グルタミン酸作動薬(すなわち、 ケタミン、リルゾール)、刺激薬(メチルフェニデートなど)、サイケデリック(シロシビンなど)が含まれます。

その結果、ほとんどの抗うつ薬はアンヘドニアおよび他の抑うつ症状の測定に対して有益な効果を示しました。
ただし、エスシタロプラムとリルゾールの併用療法のみが、大うつ病性障害におけるアンヘドニアの症状に対して無効でした。

また、SSRIやSNRIといった一般的な抗うつ薬の効果は期待できないが、ドパミン・パーシャルアゴニストであるaripiprazoleや(Mazza, Squillacioti, Pecora, Janiri, & Bria, 2009)、ノルアドレナリン・ドパミン脱抑制薬であるagomelatineの効果が報告されています(Di Giannantonio & Martinotti, 2012)。

認知行動療法

Hanuka, Olson, Admon, Webb, Killgore, Rauch, ... & Pizzagalli(2022)は、52名のMDD患者を10週間のインターネットを利用した認知行動療法(iCBT)(n=26)またはモニター注意制御(MAC、n=26)プログラムに無作為に割り付け。
全患者は治療前後にアンヘドニア(Snaith-Hamilton Pleasure Scale; SHAPS)と報酬回路反応性(機能的磁気共鳴画像法(fMRI)中の金銭的インセンティブ遅延(MID)課題)の評価を実施。
健常対照者(n = 42)も10週間間隔でMID課題をこなしながら2回のfMRIスキャンを実施しました。

その結果、iCBT群とMAC群はともに、治療後にアンヘドニアの重症度の減少を示しました。
それにもかかわらず、iCBT群のみが、報酬フィードバックに反応して、側坐核(Nacc)と前帯状皮質(sgACC)の活性化と機能的結合が治療前から治療後にかけて増強しました。
NaccとsgACCの活性化の亢進は、iCBT治療後のアンヘドニアの重症度の低下と関連しており、Naccの活性化の亢進も治療後のアンヘドニアの重症度の低下を媒介しました。

参考文献

Cao, B., Zhu, J., Zuckerman, H., Rosenblat, J. D., Brietzke, E., Pan, Z., ... & McIntyre, R. S. (2019). Pharmacological interventions targeting anhedonia in patients with major depressive disorder: A systematic review. Progress in Neuro-Psychopharmacology and Biological Psychiatry, 92, 109-117.

Hanuka, S., Olson, E. A., Admon, R., Webb, C. A., Killgore, W. D., Rauch, S. L., ... & Pizzagalli, D. A. (2022). Reduced anhedonia following internet-based cognitive-behavioral therapy for depression is mediated by enhanced reward circuit activation. Psychological Medicine, 1-10.

Destoop, M., Morrens, M., Coppens, V., & Dom, G. (2019). Addiction, anhedonia, and comorbid mood disorder. A narrative review. Frontiers in psychiatry, 10, 311.

Di Giannantonio, M., & Martinotti, G. (2012). Anhedonia and major depression: the role of agomelatine. European Neuropsychopharmacology, 22, S505-S510.

Gorwood, P. (2022). Neurobiological mechanisms of anhedonia. Dialogues in clinical neuroscience.

Mazza, M., Squillacioti, M. R., Pecora, R. D., Janiri, L., & Bria, P. (2009). Effect of aripiprazole on self-reported anhedonia in bipolar depressed patients. Psychiatry research, 165(1-2), 193-196.

中川 東夫・竹内 義孝・岩﨑 真三 (2017). 精神疾患とアンヘドニア 精神科= Psychiatry, 30(6), 557-568.

Navarre, B. M., Laggart, J. D., & Craft, R. M. (2010). Anhedonia in postpartum rats. Physiology & behavior, 99(1), 59-66.

Stanton, C. H., Holmes, A. J., Chang, S. W., & Joormann, J. (2019). From stress to anhedonia: molecular processes through functional circuits. Trends in neurosciences, 42(1), 23-42.

Wang, S., Ishima, T., Zhang, J., Qu, Y., Chang, L., Pu, Y., ... & Hashimoto, K. (2020). Ingestion of Lactobacillus intestinalis and Lactobacillus reuteri causes depression-and anhedonia-like phenotypes in antibiotic-treated mice via the vagus nerve. Journal of neuroinflammation, 17, 1-12.

Winer, E. S., Drapeau, C. W., Veilleux, J. C., & Nadorff, M. R. (2016). The association between anhedonia, suicidal ideation, and suicide attempts in a large student sample. Archives of suicide research, 20(2), 265-272.


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