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パティシエは森でミルフィーユを組み立てる

仕事がら森歩きの案内を頼まれることがよくある。
あいにくガイドに向かない内向的な性格で、その上根っからの文化系だから動植物のことはほとんどわからなくて花や鳥の名前を聞かれても困ってしまう。「上手なガイドはできないので森の中で一緒にコーヒーでも飲んでのんびり本でも読みましょう」なんて言ってみるけど、実際は森でコーヒーを入れるのは大変だし、落ち着いて本を読む場所もない。森の中でのんびりすることで人を楽しませるのは意外と難しい。

そんなことを考えていたら、飛騨小坂で自然ガイドをしている米野さんが、「カフェトレッキングを一緒にやりませんか」と言ってくれた。カフェトレッキングとは、米野さんたちが地元のパティシエとはじめた、その名の通りカフェを目的としたトレッキングのツアープログラムのこと。
コンセプトはこうだ。森の中にカフェを持ち込めば、街の中のそれよりもうんと美味しく、癒される。カフェの内装やインテリアは森の風景で、音楽は自然の音、森の香りの中で、そこにあるものをテーブルに、ハンモックをソファーやベットにして、思い思いの場所に自分の席をつくり、お昼寝したり本を読んだり、贅沢な時間を満喫する。肝心のドリンクやフードはバックパックの片隅に入れる。軽量、コンパクトに材料を準備し、ガイドやパティシエがその場で提供する。
そのパティシエは飛騨萩原の人気のケーキ屋さんのオーナーの北條シェフ。バードウォッチングが好きで、アウトドアではミニマリスト。彼らとのはじめての共同プログラムを、新緑の5月に開催することになった。メインメニューは北條シェフのお店の看板メニューのミルフィーユに決めた。

森をしっかり楽しむには、準備と練習が必要だ。そのため、お客さんには森歩きの前の日から泊まってもらうことにした。お客さんは東京、埼玉、京都から来てくれた女性が4名。
初日は町のカフェの中で。まずは、簡単な木工体験として明日森の中でミルフィーユを食べるためのカトラリーづくり。ミルフィーユはフランス語で「千枚の葉」という意味。それにちなんで、葉っぱの形をしたミルフィーユ専用カトラリーをつくる。コナラの葉っぱの形をスキャンしてレーザーカッターで加工した木の板を紙やすりで磨いて形を整えオイルを塗ってもらう。
次に、ガイドの米野さんから普段のカフェトレッキングの様子や明日使用するアウトドアグッズの使い方を紹介する。中庭に生えている二本の松の木を使って、ハンモックを張る練習、ハンモックに乗ってくつろぐ練習。ロープワークを伝授してもらう人もいる。それから双眼鏡の使い方の練習。中庭に面した母屋や蔵の壁にプリントアウトした鳥の写真を三羽貼っておいて、それを探してピントを合わせる練習。
夜は、森の恵みの山菜や郷土料理を食べてお酒をちょっと飲んで、明日への期待を高め、早めに床に就いた。

翌日の朝みんなで元気に出発。パティシエと一緒に森を歩く。途中、コアジサイを愛でたり、クロモジを折って噛んでみたり、森のエビフライを探したり。アウトドア好きのパティシエならではの楽しみを教えてもらう。残念ながらその日、鳥はあまり現れなかったけれど。
1時間ほど歩き少し疲れてきたなと思っていると、北條シェフが平らな場所を探してなにやら準備をはじめる。なにが始まるのかと見ていると、フィナンシェに砂糖をかけてバーナーで炙って、あっという間に香ばしいカラメリゼフィナンシェが完成。お茶と一緒に小休憩。
そこからまた森を進み、見晴らしの良い場所に到着する。そこには簡単な机とテントが用意してあって、この日限定のパティスリーがあらわれる。その場で北條シェフがミルフィーユを組み立てていく。カフェトレッキングでは、スイーツを「組み立てる」と表現しているのだそうだ。バックの中からカスタードクリームやパイ生地など用意してきた材料が次々と出てきて、それを贅沢に重ねていく。ミルフィーユのフルーツは旬のものを使う。今日はアメリカンチェリー。まるで手品か魔法のよう。みんな興味津々に覗き込む。
ミルフィーユができあがり、コーヒーと一緒にそれぞれに配られ、自分たちで作った葉っぱの形の木のカトラリーでミルフィーユを割って食べる。人気のケーキ屋さんのミルフィーユを森の中で目の前で作ってもらって自分がつくった木のカトラリーで食べる贅沢な時間。その後はのんびりハンモックに揺られてお昼寝したり、あたりを散策したり。
自分たちだけでは味わえない森の楽しさを感じ、森を楽しむ視点と技術を習得してもらえたように思う。

ところで、北條シェフははっきり言ってちょっとおかしい。お店が休みの日にまで重い荷物を背負って材料と道具を運び、不便なところでスイーツをつくっている。なぜこんなことをやっているのだろう。北條シェフは言う。

人を驚かせたいんですね。え、こんな場所でこんなことできるの?って感動させたいんです。
自分がドイツにいた時の経験なんですが、友達が森に行こうよってトレッキングに連れていってくれたことがあって。辿り着いたところにポツンと山小屋があったんですよ。結構な山道でこんなところに人が来るの?って思ってドアを開けたら、たくさんの人がいてワイワイしてたんです。それにすごく驚いて、感動しちゃって。その時の感動が今に繋がってるなって思います。まあ、人がたくさんいたのはカラクリがあって、実は別の道から車で行けるからなんですけど(笑)、でも友達はあえて山に登ろうって誘ってくれたんだと思います。その方が感動が大きいから。
いかに驚かせるかは色々考えてます。驚きをつくりだす重要な仕掛けがミニマムスタイル。カフェトレッキングはザック1つ背負っていけばどこでもできるスタイルを確立させています。ザック1つでこんなことまでできるんだ、って驚いてもらいたい。
それから、カフェトレッキングで使う食材は、地のもの、旬のものを大切にしています。どこでもできるカフェトレッキングだからこそ、その時、その場所でしか味わえない体験をつくっていきたいし、つくれると思います。
そうすることで森の面白さを知って、森を楽しめる人が増えたら嬉しいですね。

この企画のために、昨年の秋と今年の春に何度かみんなで森に行ってカフェトレッキングの練習をした。打合せと称してたくさんのお話しをして、試食もさせてもらって文字通り美味しい思いもした。
僕は上手なガイドもできないし、パティシエのような手品も使えないけれど、ガイドの米野さんやパティシエの北條シェフと一緒に人を楽しませるための手品の仕掛けを考えてその舞台を組み立てる。その作業で僕は森の楽しみを存分に享受したのだ。

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